@ルーザー(その2)


13  投稿者:BECK  投稿日:2000/05/28(日)07時11分50秒  ■  ★ 

      「ク、ククク、アハアハハ、ハハ、アハハ、アハアハハ」
      頭をやられたせいか、意味も無く次から次へと笑いが込み上げてきた。何か非常に愉快
      な気分で、顔面血だらけになりながら、青い空を見上げながら倒れていた。早く誰か助
      けに来てくれないだろうか? 都合の悪い時だけ人に助けを求めるのは私の悪い所だと
      思うが、ただ仇を恩で返すような人間にだけは成りたくなかったからだ。そんなのは、
      レイプされて妊娠してかなり階級の低い劣等遺伝子を殖えつけられても
      「神様、子供を授けてくれてありがとうございます」
      などとほざく、犯されて気が触れたのか、最初から気が狂っているのか、区別のできな
      い狂信的クリスチャン女と同じだから。そういうのを見つけたら、腹を切り裂いて胎児
      を引きずり出してやり、代わりに不細工な人形を詰めてやろうと私は思っていた。そし
      て実際やった事があった、小さな生き物で。

      そのまま、気を失ったのか眠ってしまったのかは分からないが、気が付いた時は太陽が
      真上にまで登って来ていた。どうやら私は放置されていたようだ。この学校の人間たち
      は血も涙も無い奴等だと思った。顔面には乾いた血液がこびり付き、それを水道で洗い
      流していると傷口が少し開き、割れるような痛みが走った。化膿するといけないので、
      消毒だけでもしておこうと731から盗んできたオキシドールを傷口に垂らした。する
      と馬鹿みたいに激痛が走り、私は思わず顔を歪めた。でも、痛みを感じた時、私は少し
      だけ生きている実感が沸いた。でも他人に苦痛を与えている時に比べれば、それは微々
      たる物ではあったが。

      「コーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」
      不意に学校のいたる所から大きな鐘が鳴り出して、それと共に学校の昇降口からゾロゾ
      ロと生徒たちが溢れ出てきた。今日は土曜日だった。この学校にはまだ週休2日という
      制度が実施されていない気違いのような学校だった。治外法権、という前時代的な因習
      がこの街ではまだ平然と生きていた。それがここに生まれる事になった人間の運命で、
      さっきの女のように死んでしまった方がいくらか楽だった。中途半端に生きて、中途半
      端に痛めつけられ、中途半端に痛めつける事しかできない自分は、もっとも愚かな人間
      であるような気がして暴力の衝動がふつふつと沸いてきた。

      今日はもう疲れたし、家に帰って寝ようと思い学校の自転車置き場に行ったら私の自転
      車が無かった。場所を動かされたのかもしれないと思い探したが、やはり何処にも無か
      った。どうやら盗まれてしまったようだ。普通なら発狂激怒して、他の自転車を蹴りま
      くって鍵を壊してそれを乗っていくはずだったが、頭の傷が心配だったので歩いて帰る
      ことに決めた。
      途中、近道をして帰ろうと考え細い路地に入ったら道に迷ってしまった。私は笑ってし
      まうほど方向音痴だった。半泣きになりながら長い時間歩き続けると、やっと知った場
      所に出ることができた。そこは小さな団地で、向かっている方角とは違ったがここから
      なら帰り道が分かった。それに、この団地には私の知人が住んでいた。私はここまで来
      たついでに、その知人の生死を確認しに行った。

      その知人はは末期的な自殺志願者だった。生きる意志の欠片も持たない廃人で、学校に
      も行かず当然職にも就いていない。手首にはもう隠しようの無いくらい傷痕だらけで、
      醜くミミズ腫れしていたりする。ヒマつぶしにと言っては、何度も目の前で手首を切っ
      て見せてもらった事があった。
      彼はナイフやカミソリとかは使わず、ハサミで切るという変わったやり方をする人だっ
      た。彼が言うには、そっちの方が切りやすいから、との事だった。肉をつまむように少
      しずつハサミで切っていき、横一直線にまで切るとかなり出血する。でも、動脈を切っ
      た時の比ではないらしい。ティッシュで火を拭くと、切り口から白い肉が見えてそこか
      ら透明の白血球が大量に流れ出し、滲み出る赤い血液と混じり合った。

      適当な深さまで切ったあと、ガムテープを巻いて傷口をふさいだ。もう彼には手首を切
      って死ぬつもりは無いらしい。それ以前にもはや痛みもほとんど感じなくなったそうだ。
      何となくもどかしく思った私は、彼に首吊りを勧めてみた事があった。
      「首吊りの方が完璧に死ねるし苦痛も無くていいよ」
      「みんなそう言うけど実際にやってみるとかなり苦しいから」
      そして、睡眠薬が欲しいけど金が無いしその金を集めるための気力も無い、とつぶやい
      て、貧血気味の痩せこけた顔を自嘲的にほほ笑ませた。

      私はたまに彼の部屋に行き、行っては人生の脱落者どうしで傷を舐め合ったりしていた。
      今日、生存しているのか死亡しているのかは知るよしも無かったが、血に飢えていたの
      でまた手首でも頚動脈でも切って見せてもらおうと思った。


14  投稿者:BECK  投稿日:2000/05/29(月)09時04分22秒  ■  ★ 

      「吉村」と書かれた表札のかけられているドアには大きく六忙星のエンブレムが貼られ
      てあり、家の屋根にはアンテナが立っていない事からこの家の者がエホバの信者である
      のが容易に分かる。私はインターホンを押した。数十秒が経過してからドアから長身の
      痩せた男が出てきた。吉村寿人という名前の、ただの廃人だった。

      吉村は濁った目付きで、上がって、とだけ言うと無言フラフラと階段を上って自分の部
      屋へと戻っていった。吉村の部屋は閑散としていて、ベッドと本棚といくつかのダンボ
      ール箱、その上にハサミと手鏡とガムテープが置いてあるだけだった。フローリングの
      床には落ちて固まった血痕がいくつもあった。
      部屋の隅に置かれてあるABS樹脂製のゴミ箱には、赤茶色に変色した血液が大量に付
      着しているティッシュペーパーがはみ出るほどに詰め込まれている。これだけの血を献
      血に出せば少しは世の中の役に立つのだろうが、果たして廃人に流れる血液を常人に輸
      血して大丈夫なのだろうか? 私の血液などは、まちがい無く精神肉体ともに悪影響を
      及ぼすのだろうなと思った。
      私の血など入れるくらいなら、馬の血液でも入れた方がいくらかマシだと思う。もっと
      も、私には献血なんかに協力する気など欠片も無かった。

      「最近いつ切った?」「…2日前くらい」
      吉村は左手に巻き付けてあるガムテープをベリベリと音を立てて剥がし、傷口を私に見
      せた。切ったふちは紫色に腫れ上がっていて、その間からは白血球にコーティングされ
      た白い肉が覗いている。それは精肉屋の前を通った時に見かける赤い肉とは違い、濁っ
      たような無機質な白さだった。死体写真集などで見るそれに比べると地味な物だったが、
      実際の物を目の当たりにすると、心臓の鼓動が止まるような気がして少し血圧が下がっ
      たような気分になり、ゆるい発汗が感じられた。

      それから、私と吉村はどうでも良いような話をした。日本人のレベルの低さ、核爆弾を
      背負った少年の話、昔読んだサイエンスフィクション、過去の殺人鬼たち、カートコバ
      ーンの猟銃自殺、人類を滅ぼす方法、ライ麦畑でつかまえて、自分たちの宗教、クーク
      ラックスクラン、独自の終末思想、ジョンレノン、インターネット、ブルーへヴン、ヘ
      ッド博士の世界塔、731部隊、存在意義、ドラッグ、小学校、中学校、屠殺場、両親、
      去勢、破瓜、過去、未来、絶望、虚無、死。

      吉村は寡黙なので私が一方的に口を開く。空は太陽は高く上がり、閑散としたこの部屋
      をすがすがしいまでに白く明るくさせ、風がカーテンをヒラヒラと大きく舞わせた。そ
      れは、この部屋に居る2人の落伍者と相反するような清潔感を感じさせた。私は飛び降
      り自殺するにはうってつけの日だな思った。こんな、心地良い日にビルから落ちれば飛
      んだ気にもなれると思った。
      すると、不意に吉村が焦点のずれた目のまま言った。
      「もう、生きている実感が全然沸かないから生きたまま俺を食ってくれ」
      私の精神はその時もう、ぐちゃぐちゃに潰れて完全にイカレテいたし、少し嫌な感じも
      したが断るのも酷だと思ったので右手から食べ始めた。

      「バギ、グチッ、ブツッ」かじっていくとそんな音がした。吉村はとても痛そうだった
      が、少しばかり笑ってもいた。答えるように私は夢中で口を動かし、口の端から生爪を
      吐き出して、切れた血管から時折ピュッと飛び出す血液で顔を汚しながら、生温かい指
      の肉をのどに通していた。
      人差し指、中指、薬指を根元まで食べたあたりで、吉村が「これでファックサインがで
      きなくなったな」と言った。私は私で、血の臭いと鉄分の味覚に頭をやられ妙な血の高
      ぶりを感じながら「左手でやれ左手で」と言った。自分の頭の傷口から強い脈拍が感じ
      られ、これはセックスをやっている感覚に近いな、と私は思った。その2分後くらいか、
      吉村は「もういい」とハアハアと苦痛に耐えるような荒れた息で言った。言われた私は、
      性的な昂ぶりに未練を感じながらも食べるのをやめた。

      吉村にはこれで生きている実感が沸いたのだろうか。私には少し沸いた。


15  投稿者:BECK  投稿日:2000/06/04(日)11時57分16秒  ■  ★ 

      吉村は傷口を慣れたような手つきで、いつものようにガムテープで巻いて止めた。私は
      完全に思考停止状態で、強い風邪薬で頭をやられた時みたいに、ただ茫然となったまま
      床に座り込んで指の関節をパキパキ鳴らしたりしていた。
      部屋中に血の匂いが充満しており、気分が悪くなりそうだったので窓を大きく開けると、
      学校帰りの小学生たちが楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。私はああいう風景
      を見ると、彼らにこの世の真実という物を見せてやりたくなる。私にとってのこの世の
      真実とは、強姦であり、輪姦であり、アナルセックスであり、嗜好的殺人であり、幼児
      虐待であり、放火であり、人体実験であり、戦術的虐殺であり、奴隷であったりする。

      彼らには拘束具がよく似合う。首輪の色は赤が良い。鎖の長さは1メートル30センチ。
      生きたまま死亡届を出された彼らには、私がただ1人の保護者で、1人1人に新しい名
      前を付けてやる。俺の小便は彼らのミルク。俺の小便が彼らのミルク。エサは固形のド
      ッグフード。俺のカッターナイフだけが唯一の法律。彼らの生活には夜も昼も無く、付
      けっぱなしのTVから垂れ流されるハードコアポルノムーヴィーの音声が子守唄。成長
      は死への階段。
      生殖の限界を調査するために日夜くり返される異種交配。そのゲームの名前はコントロ
      ールと言って、彼らを操作して飼育することが唯一の目的。1度失敗すればすべてぶっ
      壊れる。ゲームオーヴァーは全滅で、とても不吉なエンディングテーマが流れる。それ
      が止まった後、赤く大きな文字で「YOU LOSE」と表示される。

      「今日はもう疲れた、帰る」
      私はそれだけ言うと吉村の部屋を出た。吉村は曖昧な笑顔のような表情を私に見せただ
      けで、何も言わなかった。短い階段を降りながら、私は奴の命もそう長くはないなと思
      った。でも、そう思った根拠が何かしら在ったわけではなく、ただ今日見た吉村の顔か
      らは死相のような物が常に見え隠れしていたからだった。
      家路へと歩いていると、何人もの小学生たちが私の横を駆け抜けていく。黒い太陽が落
      ちかけているにも関わらず、夏の夕暮のように蒸し暑い。嫌な記憶がよみがえって来そ
      うだったので急いで走って家に帰った。
      家に着くと汗だらけでとても気持ち悪く、自分の部屋に入るとまだ早いと分かりつつも
      クーラーを付けてベッドに倒れ込んだ。とても心地が良くそのまま眠ってしまった。そ
      して、私は縛り首になる夢を見た。

      私は死刑囚だった。犯した罪は幼児誘拐殺人です。本当は無期懲役だったのだがあまり
      に反抗的な態度を取るので急遽死刑になってしまった。そして独房に入れられ、そこで
      の2日間、みなごろしの唄を口ずさんだりしながら、私は自分の将来のことについてじ
      っくり考えました。
      高校を卒業し大学を卒業した私は、普通の会社に就職してサラリーマンになって真面目
      に働き、どこか懐かしさを感じさせる女性と結婚します。そして1人の男の子をもうけ
      ると会社を辞めて、自然豊かな所で自給自足の生活を送るのです。強い父、優しい母、
      素直な息子、仲の良い円満な家庭。休日は息子と一緒に近くの湖に出かけ、釣り糸を垂
      らしながら人生を語らうのです。家に帰ると、妻が美味しい夕食を用意して待っていま
      す。暖かい団らんを満喫し、それから早寝して朝早く農場へと向かうのです。

      そういった光景を、狭く暗く冷たい独房の中で何度も思い浮かべながら、私は自分の将
      来のことをずっと考えていました。そして、刑期を迎えた私は死刑台に上がりました。
      連れていかれる途中、戯れに看守に「銃殺刑にしてくれないか?」と頼んでみましたが
      サングラスにマスクをした看守は何も答えてはくれませんでした。
      そして、縄を首に巻かれ、白い布で目隠しをされました。私は見えない目で看守の方に
      顔をやり「今度、息子と湖まで釣りに行くんだ」と言いました。看守達は一瞬こっちを
      見ましたが、そのまま3人同時にボタンを押しました。ガクンと体が落ちるのが感じら
      れ、ギュッと縄が首に絞まりました。その瞬間、私の頭の中では湖に垂らした釣り糸が、
      プツン、と小さな音を立てて切れた光景が浮かんだ。

      目が覚めると冷房が動いたままでとても寒かった。かすかに口の中で血の味がした。


16  投稿者:BECK  投稿日:2000/06/08(木)20時08分59秒  ■  ★ 

      冷房の利き過ぎた部屋はなぜか腐った機械の臭いがする。設定温度は22度で、低過ぎた。
      つばを飲み込むと咽喉に痛みが走った。どうやら、風邪をひいてしまったようだ。

      私は薬を飲むことにした。病気になるとすぐ薬に頼ったりするのは体に良くないらしい
      が、私は薬を飲むのが好きだった。幼い頃から、家の薬箱を漁っては手当たり次第に飲
      みまくっていた。私の家には色々な薬があった。家族の誰かが淋病にでもなったのかも
      しれないが何故かあったペニシリン、死にかけの時の祖父がよく飲まされていた強心剤、
      局部炎症用の鎮痛剤、それらをまったく無意味に飲んだりした。古い風邪薬を1瓶飲ん
      だ時や、祖父の強心剤を飲んだ時は少しやばくなったことがある。
      そういった馬鹿げた行為を何度もくり返したせいで、私の頭はイカレテしまったのかも
      しれない。

      引き出しからパブロンSを取り出す。袋を開け粉末を口に入れる。酷く苦がい。化学的
      な苦がさ。水道の水で流し込むも、口の中で苦がさが沈澱したように残る。空っぽの胃
      に風邪薬など入れたら間違い無く吐いてしまうのだろうなと思った。そして案の定、空
      っぽの胃が風邪薬に過剰反応して胃液を逆流させた。胃液の中にはさっき飲んだ風邪薬
      の化学的な苦がさが混じり、非常に不味かった。吐き癖のある人間はゲロの味という物
      があるのを知っている。今日のゲロは、不味すぎた。
      化粧台の前に立ってみると、私の顔は苦しさのせいで青くなり髪の毛は酷く乱れている。
      こうして口から長いよだれを垂らしていると、私は狂人になったような気がした。

      昼過ぎまで眠った。学校には行かなかった。もう、あんな所はどうでも良いように思え
      てきた。みんな殺したかったし、知り合いもいなかったし、部活もやれそうになかった。
      でも、私には吉村のように廃人になる勇気が無かった。一線を越えることが出来ず、た
      だ増殖を続ける悪意に振り回されるまま生活していた。
      私にはもうひとり、北野政次、という名前の廃人の友達が居た。もう死んでしまったが。
      バイクが好きな奴だった。でも、それ以上にシンナーが好きな奴だった。私と吉村と北
      野はよく3人で会った。会って、万引きをしたり、猫を殺したり、エロ本の自販機を壊
      したり、頭の悪そうな女を輪姦したりしていた。北野はシンナーのせいでよくゲロを吐
      いていた。私と北野はゲロ仲間だった。当時たまり場にしていた吉村の部屋には、いつ
      も血液とゲロとシンナーの臭いがしていた。

      彼は頭の悪い歌の詞みたいに、大量のシンナー吸引してイカレて、バイクで暴走した挙
      句に転んで死んだ。道路にぶちまけられた彼の白い脳髄を何羽もの鳥が突ついているの
      を見て、私は腹の底から笑った。
      別に、彼の死がそれほどショックだったという訳ではないが、それから私と吉村はあま
      り会わなくなった。人生の敗者の行く末を目の当たりにして、少し気が落ちたのかもし
      れない。本当はただ、仲間が減ったということが私達を冷まさせただけだった。その時
      の私と吉村はまだ、最低の人生を最低の形で終わらせることに怯えていたのかもしれな
      い。すべてがどうでも良くなってしまった今では、もう思い出すこともない過去だった。

      午後は外に出ることにした。自転車で当て所も無く走り続けていると、偶然にしてはで
      き過ぎたように、街はずれの旧・非人部落の谷に行き着いた。私が何故そこがそうであ
      ることを知っているのかと言うと、両親が教えてくれたからだった。それは、何年経と
      うが子孫から子孫に語り継がれてゆくことなのだなと思った。この街ではそういう遺伝
      から逃れることはできない。

      そんな所に用は無かった。でも、ヒマ潰しとフツフツと沸いてきた好奇心を満たすため、
      そこに入って見て回ろうと思った。それは、猟奇殺人事件の起こった現場に行ってみた
      い、という好奇心とまったく同じ場所から来るものだった。
      ゆっくり自転車をこいで谷に入ってみると、道は急斜面に建てられた家のせいで影が多
      く薄暗い。だんだん奥へと進んで行くと、どこか余所者を寄せ付けない妙な空気が流れ
      ているように感じて気分が悪かった。どこか鬱蒼とした谷の雰囲気は、気のせいかもし
      れないが、長い間、虐待を受けた人々の怨念が飛び交っているように感じられた。私は
      下手な心霊スポットに行くよりも、こういう所にいく方が背徳感とか良心の呵責とかい
      う馬鹿げた感情までも刺激して、よっぽど面白いのかもしれないと思った。

      非人谷をひと回りし終えようとした辺りで、私はそこの住人1人とすれ違った。私はそ
      の住人の顔を見ないことにした。きっと、にらまれているから。


17  投稿者:BECK  投稿日:2000/06/13(火)12時38分57秒  ■  ★ 

      私は気違いの家系で、私の先祖はこの非人谷に放火したことで有名だった。どうやら私
      はその遺伝を色濃く受け継いだようで、染色体に刻み込まれた記憶が私をここに呼び寄
      せたのかもしれない。それはさっきから頭の中で、火をつけろ! 犯せ! 孕ませて蹴
      って堕ろせ! という指令が聞こえてくることで容易に分かる。でも私は無視した。も
      う面倒臭かったし、そもそも小学生の時にこの谷出身の同級生をいじめて2人登校拒否
      にさせたことがあったから。
      でも、別に私に差別意識というもの無かった。理由はただそこに弱い人間が居たからで
      あって、私がやらなくても他の誰かがやる。今の私には、それを傍観することの方がよ
      っぽど面白いと思った。

      私は谷を背にしながら自転車を走らせた。少し走った先の道路で猫の轢死体を見た。私
      が昔飼っていた猫によく似ているなと思った。顔付きや毛並みが似ていたという訳では
      なく、死にざまがそっくりだった。上半身が砕けてほぼ原型をとどめておらず、下半身
      が剥製の置物のように見えた。こんなもの見たくなかった。もう嫌だ。

      家まであと200メートルという所で、安東清に出会った。彼は白人のような肌の白さ
      を持ち、小柄で長髪で痩せていて女性に間違えられてもおかしくないくらい中性的な男
      だった。でも、彼はこの街でも屈指の気違いだった。近親遺伝的先天性のローカルエリ
      ート気違いである私に対し、安東は自己解凍により精神を破壊していびつな形で再凍結
      させた混合遺伝的後天性のアーバンエリート気違いであった。
      彼の自己解凍に私が手を貸したのは言うまでもないが、それ以上に安東自身の才能には
      目を見張るものがあった。今では、気違い製造者としてこの街に計り知れない害をもた
      らした私の手の内を離れ、徘徊する狂人として通り魔殺人をしたり放火をしたり万引き
      をしたりして生きている。その姿は、今の私よりずいぶんと幸せそうだった。

      安東は私に「彦嗣、右足を怪我したら左足をひきちぎればいい」と語り、彼の好きなバ
      ンドである、ガンズアンドローゼスのユークッドビーマインという曲を口ずさみながら
      去って行った。これは、彼にとってのみなごろし歌であり、私にとってのみなごろしの
      歌はニルヴァーナのトゥレッツであった。こーまん、そーく、べんしょう。

      家に帰ると、やはり誰も居なかった。ずいぶん前から誰も居ないような気がするが、そ
      れを考えると激しい頭痛がして吐きそうになる。そしてかつて見た、殺されている両親
      を寝室で眺めている夢が、何度も頭の中でフラッシュバックする。なんでだか分からな
      いが、それは私にとっては酷い苦痛であった。だから、なるだけ考えないようにしてい
      るが、一旦始まると自分ではどうすることもできないほど続く。もう嫌だ。

      私は軽い頭痛を覚えながら自分の部屋に入った。また、風邪を患い直したのかもしれな
      い。そう思い私はさっさと眠ることにした。でも、どうしても眠いのに眠れなかった。
      最近、何をするにも苦痛を感じるようになった。心臓を動かし、血液を体中に送ること
      さえ苦痛のように感じる。もう、私はここ何日も快楽という物を味わっていないような
      気がする。
      一体、何が苦痛なのか快楽なのかよく分からないけど、とにかくよく分からない物があ
      ってそれが私に何かしらの害をもたらしていてもはや言葉に変換しようのない何かがず
      っと自分の中で存在していてそれがずっと無意味な反復をくり返しているような気がし
      てそれが何なのか分からないがとにかくよく分からない物が蠢いていて。もう嫌だ。

      いつのまにか知らない内に眠っていた。今が何時なのか分からない。半覚醒のまま、ま
      た眠った。そしてまた目が覚めるが、完全に覚めずまた眠る。そんなことを何度もくり
      返しているうちに、気が狂ってしまいそうな脅迫感が押し寄せてきて、無理やり目を覚
      ませた。時計を見ると11時20分、学校はとっくの昔に始まっていた。もう行きたく
      なかった。だから、また眠った。もう嫌だ。
      このまま2度と目が覚めなければ良いとか思うけど、私はとても臆病者なので上手くい
      かない。私はいつまでこんなことを続けるのだろうか? もう私には何も分からないが、
      ただとにかく続けてみることにした。何か少しでも面白いものを見つけられれば、もう
      少し息を繋げられると思った。明日は何があっても私は学校に行こうと決めた。そうす
      れば、少しは忘れられるかも知れないと思ったから。


18  投稿者:BECK  投稿日:2000/06/17(土)06時14分26秒  ■  ★ 

      最悪な目覚めだった。20時間近くも眠っていたせいで体中がだるく、頭が重い。それ
      に吐き気がした。目やにが酷いし首が痛い。そもそも、目が覚めたこと自体が最悪だっ
      た。澄みわたるほど晴れた青空がしゃくに障る。不意に奇声が聞こえ始め、何かと思っ
      たら隣りのババァが犬と一緒に遠吠えをやっている。私は、あいつらは絶対に気違いだ
      と思った。動物を獣姦の対象としてとしか見ていない奴らだと思った。こっそり窓から
      覗いてやったら、犬の精液を顔で受けているに違いない。そんなことを考えてしまった
      せいで私はゲロを吐いた。吐いて、そしてまた、飲み込んだ。
      私は自分の頭の中で作った神さまに、こいつらこのくそきたねえ野郎どもをぶっ殺して
      くれ、と祈った。

      朝食は食べなかった。いまだにババァと犬の遠吠えが続いていたからである。近い内に
      あれらは絶対に殺さなければならないと思った。私は制服を着ると靴を履いて家を出て、
      私には到底似合わない向日葵のような太陽が雲に覆われそうになりながら光っている。
      15歩ほどあるき黒焦げの瓦礫が折り重なっている空き地の前を通過する。私の家から
      向かい隣り3軒目のこの家は1ヶ月前に火事で全焼した。
      火を付けたのは当然、私だったが、火を付けた後に自分の部屋で寝転がっていると建材
      やヴィニールの焼ける臭い、消防車のサイレンや野次馬なんかが非常にうるさくて、や
      ったことを少し後悔したほどだった。

      平和な家庭をわずかな揮発性の液体とライターだけで踏みにじるのは非常に心苦しいと
      思ったけど、私の中に在る破壊的な衝動といったような物がそんな感情を軽く乗り越え
      てしまい、それがある種の才能であるのか忌むべき先祖からの受継遺伝のなせる技なの
      か私には分からなかったが、別に本当にどうでも良かった。
      客観的に他人の不幸を眺め心を痛める感情を持つことと、趣向的な目付きで他人の不幸
      を眺めることは私の意識の中で常に同一線上で行われていて、それが互いに反作用を起
      こしながら延々とループを始めるその瞬間、私は刃物を手に取りペットボトル一杯にガ
      ソリンを流し込んだりする。気が付いた時には、返り血を浴びていたり体中から煙の臭
      いをさせている。

      学校へ行く道の途中に大きなどぶ川がある。このイカレタ街のガンジス川のような物で、
      よく死体が浮いている。用済みになった老人たちが叩き落されいたり、堕ろされるタイ
      ミングをはずされた新生児、徘徊する狂人たちにより命を奪われた哀れな住民たち、本
      当に人間なのかいまいちよく分からない謎の生き物の死体がよく浮いていたりする。私
      はそれに向かっで剛速球で石を投げるのがすごく好きだった。
      大量の生活廃水が流れ込み、キチガイミドリに富栄養化した水はこの街の有様を象徴し
      ている。夢で見た屠殺場(とさつば)に繋がれた両性具有者の吐く血反吐や消化液の色
      に似ていて、今の私の気持ちにぴったりだった。

      自転車を盗まれたので、どぶ川近くのバス停からバスに乗って学校へ向かった。久しぶ
      りに来た学校だったが、いつも通りの何も変わらない腐りきった施設だった。校門を越
      えて玄関をくぐって校舎の中に入った。あのどぶ川とまったく同じ色をした廊下を歩き
      自分の教室へと入った。クラスメイトたちは個々のグループで雑談したり、雑誌を囲ん
      で回し読みしていたり、何も変わらないいつも通りの風景だった。私は自分の席に着く
      と肘を付いてうつむいた。談笑している人たちの声、雑誌をめくる音、イスや机を引い
      た時に鳴る「ガガガ」「ギギギ」という床にこすれる音が聞こえる。私はそれを一つも
      漏らさないように耳をすましていた。
      その私にとってまったくの無機質でしかない雑音が、少しだけ脆弱な精神を安心させた。

      「コーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」
      始業のベルの音が鳴り教室が慌ただしくなった。私はうつむいたまま何も考えること無
      く、ただ無意味に呼吸に気遣ったりして時間が経つのを待った。初老の男性教師が教室
      内に入ってきて、授業が始まった。1時限目は世界史。ただ淡々と人間が歩んだ歴史を
      解説してゆく。くだらない。2時現目は英語。教科の教師がマヌケ面した外人教師を連
      れてきた。くだらない。3時限目は現代国語。授業は詩の読解で他人の書いた詩を勝手
      に解釈を付けて説明される。くだらない。4時限目は体育。バスケットボールだったが
      適当な理由をつけて休みボールを追い続ける馬鹿たちを眺める。くだらない。

      昼休みは購買で1番安いアーモンドカステラと牛乳を買う。校舎外れの水道で食し手を
      洗った。5時間目は化学。白衣を着たまだ若い女性教師が鞭をふるう。時間の流れがと
      ても速く感じる。授業も終盤に指しかかった頃、外で生徒たちの悲鳴や絶叫が聞こえ始
      めた。
      生徒たちが女性化学教師の制止の言葉も聞かず窓に群がったその時「ズガーン」と大き
      な爆音がした。校舎の影からいくつもの肉片が飛び散り、片目をくり貫かれた男子生徒
      がオロオロと逃げ惑っている。「ズガーン」「ズガーン」と何度も爆音がしてそのたび
      に生徒たちの悲鳴と肉片が飛び散った。顔中を刃物で切られた生徒が猛烈な勢いで走り、
      指を切断された女生徒が切られた自分の指を持って泣き喚いている。その女生徒は、首
      筋を容赦なく刃物で切られると、水鉄砲から放たれる水のように血を噴き上げて倒れた。
      その脇には全身に返り血と肉片を浴びた髪の長い色白の男が立っていた。それは、街を
      徘徊する無差別殺人鬼の安東清だった。


19  投稿者:BECK  投稿日:2000/06/24(土)16時46分47秒  ■  ★ 

      真っ白な顔に赤黒い血が刎ね返り、それが目に入ったのか安東は何度も目をこすった後、
      早足で校舎の中へ入っていった。数発の爆発音がして、悲鳴がだんだんこちらに近づい
      てくる。もしかしたら、彼の目標は私のなのかも知れないという思いが頭をよぎった。
      よく分からなかったが、私には彼に命を狙われる理由がひとつだけあった。私は彼の妹
      を犯したことがあった。

      かつて彼に「妹とSEXしたくて仕方が無い」と相談を持ち込まれたことがあった。あ
      いつの処女膜を破るのは俺以外に考えられない、とか馬鹿みたいなことばかり言うので
      嫌気がしたし、私は別にどうでもよかったのでさっさと姦れと言ったが、彼はいつまで
      も決心しなかったので「お前が姦らないのなら、今から俺がやる」と言って、自転車で
      彼の家へ全速力で向かった。そうすれば、彼も決心が付くのではないだろうか? とい
      う私なりの思いやりだった。彼は徒歩だったので焦りも余計につのって効果的だと私は
      思っていた。でも、それが仇になったのかもしれない。

      私は彼の家に入り妹の部屋のドアを蹴飛ばして侵入した。イスに座ってTVを見ていた
      彼女の髪の毛をつかんでベッドに引き倒した。私は裏返ったような声で、とにかく今か
      らお前を犯す、とかいったことを言った。私は当然、彼女は嫌がって暴れて抵抗するに
      違いないと思っていたのに、てめえから股を開きやがった。

      お前の兄の思いも知らないで、よく平然とそんなことができるのかと思うと腹が立って、
      私は彼女の髪の毛を引っ張ってバンバン引っぱたき回した。それでも、彼女はへらへら
      と笑って股を開げていた。こいつら兄妹そろって気違いときた。私はもう姦るしかない
      と思い、お望み通り彼女を犯してやった。犯して分かったが、この女は処女じゃなかっ
      た。このくそ淫乱女めが、とか思ってやっていたら、いきなりドアが開いて安東が現れ
      た。私はコイツのことを完全に忘れていた。

      その時の、彼の絶望に満ちた表情と「あ゛ー」とかいう馬鹿みたいな絶叫は今でもはっ
      きりと覚えている。私は悪くない。そもそも、妹とSEXしたいなどと抜かした彼が悪
      いのだしそんなことを私に持ちかけたのが運尽きであって、第一それにあの女はすでに
      誰かにやられていた。私はそこから逃げ出し残された兄妹があの後どうなったのかは知
      らないが、数日後、彼の妹はあの大きなどぶ川に浮いていた。それからだった、安東が
      殺人を繰り返すようになったのは。

      爆弾の爆発する震動で私の教室の窓ガラスが割れた。やはり、安東は私の所へ向かって
      いる。もしかしたら、私は彼に殺されるかもしれない。殺されるくらいなら、殺してみ
      ようかなと思った。元親友と殺し合うというのも、何かのくだらない映画か漫画みたい
      で嫌だったが、そういうヒロイックな物に憧れが無い訳ではないので少し迷った。思考
      がまとまらなくて迷っていると、何かの歌声が聞こえ出した。

      殺そう 殺そう 私は兵士 殺すの大好き どんどん撃とう
      キツネも タヌキも ぶっ殺せ ライフル撃とう 林の奥まで
      死体がいっぱい うれしいな 死体がいっぱい うれしいな

      幼い頃、テレビで見た「となりのトトロ」という映画の中であった歌の詞を変えて、私
      がよく安東に聴かせていた歌だった。これは、私にとって初めてのみなごろしの歌であ
      り、私以外に使うことの許されない歌だった。これで彼は本気で私を殺そうとしている
      のだと確信した。安東はあきらかに私を挑発していた。
      やっぱり、学校なんて来るべきではなかった。そもそも、あのくそ淫乱女が悪いんであ
      って、私は何もしていない。ちょっと犯しただけだった。それに気違い同士で殺し合う
      なんてまちがっていると思った。家でずっと寝ていれば良かったんだと、私は親指の爪
      を噛み千切りながら思った。


20  投稿者:BECK  投稿日:2000/07/01(土)00時37分09秒  ■  ★ 

      「カンカンガンガンカンカンガンガン」
      鉄製の錆びた非常階段を私は足早に駈け降りていた。そこは、私にとって処女走路であ
      るはずだった。私は人の群れにまぎれながら教室を抜けだした。安東を前にして私は久
      しぶりに恐怖という物を感じた。今、私が持っている憎悪や殺意のレベルでは到底勝ち
      目が無いかった。安東のそれは、私をはるかに凌駕していると思った。非常階段を降り
      ると湿気にまみれた薄暗い校舎裏に出て、そこから裏門をくぐって学校の外へ抜け出す
      ことができた。安っぽいスニーカー靴が砂を弾き飛ばし、空は今にも雨が振り出しそう
      なくらいに暗くよどんでいた。遠ざかってゆく悲鳴はサイレンの音にかき消されて、私
      は行く宛ても分からぬまま、走り出した。

      幾ばくかも時間が経たない内に、ぽつぽつと雨が降りだした。アスファルトに落ちた雨
      粒が蒸発し、酷く蒸し暑くなってきた。急に体を動かした汗と冷や汗と暑さによる汗が
      混じって酷く気持ちが悪かった。目の前にある小学校の校門からは赤、青、黄の原色の
      傘をさした子供たちがたくさん出てくる。私はその横を傘もささず早足で追い抜き、雨
      はより強くなっていった。
      肩と膝は雨でぐっしょりと濡れ、前髪の先端から大量の雨の雫が流れ落ちる。蒸し暑さ
      はいつのまにか失せてしまい、逆に寒ささえ感じるようになった。はるか後ろには小学
      生たちの原色の傘がわずかに見え、前からは自動車が道路に溜まった雨水を弾き飛ばし
      ながら走ってくる。前髪から垂れる雨水のせいで酷く視界が鈍り、後ろに掻き上げ、不
      意に後ろを振り返ると長い髪の男がこちらに向かって走っているのが見えた。
      歯軋りと同時に打たれる舌打。私はアスファルトの雨水をバシャバシャと大きく弾かせ
      ながら走り出した。私は何も考えていなかった。とにかく遠くに逃げればどうにかなる
      と思っていた。

      梅雨も終わりに近づいたのに雨の勢いは強く、私の体はもうずぶ濡れになっていた。い
      つの日にかも、こんなことがあったような気がする。小さい頃、仲の良かった近所の友
      だちと公園かどこかで遊んでいとき、原因は覚えていないが詰まらないことでけんかに
      なったことがあった。その時も、夏の前の梅雨どきで雨の降りそうな天気だったの覚え
      ている。地面でつかみ合い、泥だらけになりながら殴り合った。
      子供のけんかなど、本当にたかが知れている。顔や体は、よだれや鼻水や涙や泥でぐち
      ゃぐちゃになっていた。二人はそのままけんか別れし、走り出したものの行く宛てなど
      無く、家に帰る気もせずにただ走り疲れて歩いていた。すると雨が降りだし、私の体に
      付いたよだれや鼻水や涙や泥がすべて洗い流していった。まだ続いていた小さな嗚咽は
      しだいに涙へと変わり、ゆっくりと強くなってゆく雨がそれをかくしてくれた。

      夢中で走り、今ここがどこなのかよく分からなかった。ぜいぜいと荒い息を吐き、髪の
      毛に染み込んだ雨水を落とした。私は一度、髪の毛を切らなければならないなと思った。
      川の流れる音が聞こえ、道の角を曲がるとあの、大きなどぶ川、に出た。安東と私の因
      縁の場所であり、私という人間の生き写しのような薄汚れた川だった。気が付くといつ
      のまにか雨は上がり、厚い雲のわずかな切れ間から見える低い太陽が、真赤に濁った水
      溜まりのように暗い空を染め上げていた。

      その夕暮れを背にして立っている人影が在った。魚介類の食べれなさそうな風貌は昔と
      まるで変わらず、長く伸びたストレートの髪の毛が雨に濡れて夕陽を反射して赤く見え
      る。硝煙の臭い、血液の臭い、洗い流された返り血が布製の靴をわずかに赤く滲ませて
      いる。手にはキラキラと銀色に光る肥後守。あれで私は殺されるのかもしれない。いつ
      もは緑色に濁った水がゆっくりと流れるに過ぎないこの川も、雨のせいで茶色に色を変
      え、ごうごうと流れの速い濁流となっている。
      私が死んだら、恐らくここに落とされ誰の目にも晒されずどこか遠くに流されるのだろ
      うと思った。遠くからサイレン音が聞こえ、安東が肥後守を握りしめて動いた。私に刃
      先を向けて走ってくる。キーンという耳鳴りのような物が聞こえた。安東の動きがスロ
      ーモーションのように見え、私は身をよじって肥後守をよけた。安東の右手をつかんで
      ひねり上げると肥後守を落とした。その瞬間さえもゆっくりと見え、私は安東の人差指
      と中指と薬指を同時に噛みちぎった。射精されたかのように私の顔に血液がかかり、持
      っていた太くて先の尖った棒を彼の薄い腹に何度も刺した。

      安東は口から少量の血液を吐くと私のひざ上に崩れ落ちた。最後の問題児は息を引き取
      った。私はその細い肩を抱き上げて濁流の中へと放り投げずに、ゆっくりと落下させた。


21  投稿者:BECK  投稿日:2000/07/05(水)05時33分34秒  ■  ★ 

      安東の体は濁流に飲まれ、すぐに見えなくなり遠くに流されていった。木々の葉っぱか
      ら雨の雫が垂れて落ち、太陽は完全に落ち、地平のかなたをわずかに赤く縁取っている。
      遠くではまだ、かすかにサイレンの音が聞こえる。下半身は返り血で赤く染まり、雨の
      水と混じり滲んで広がってゆく。
      私は何も考えることができず、ただ何となく歩き出した。大きなゴミ捨て場の前を通る
      と、有害ゴミのスペースでは蛍光灯がこなごなに割られ、中に入っている粉末が雨水に
      混じり、私の足元にまで流れ出している。粗大ゴミのスペースには角の折れたテーブル
      や、ずいぶん昔の代物と思われる薄汚れたイスが捨てられている。生ゴミのスペースに
      はカラスにビニール袋を破かれ、食べ残しの食物が食い散らかされて周囲に散乱してい
      る。そばに置いてあったダンボール箱の中には、生まれて間もない犬か猫が入っていて、
      もはや息はなく雨水にまみれている。

      歩いていると少しずつ意識がはっきりとしてきて、安東のことを考え始めた。これで知
      っている人間がまた一人、私の前から消えた。さびしかった。もう私には知り合いと言
      うべき人間はほとんど居なかった。ただ一人残ったのは吉村だけだった。あれも、もう
      ほとんど終わりかけている。吉村も安東とは顔見知りだった。私は安東の死を知らせに、
      彼の家に行こうと思った。
      アスファルトにできた水溜まりに小さな波紋が起こり、もうやんでしまったと思われた
      雨がまたぱらぱらと降り始めた。もはや、雨に濡れることなど少しも気にはならなかっ
      た。目の前にはただ絶望色が広がり、吉村と会ったとき何を話そうかなどと色々考えた。
      人を殺した日の夜はどこか知らない場所に居るような気がして、自分はどこに行けばい
      いのか分からなくなる。こんな気持ちを誰かに話したら、どうなるのだろうか、という
      長い間持っていた疑問を晴らそうと私は思った。

      こんな短い間隔で吉村の家へ向うのは久しぶりだった。それは吉村が両親と不仲だった
      からである。彼の家にしょっちゅう行ってたとき、たまに彼の父と顔を合わせることが
      あったが、ろくな挨拶もしない私を浮浪者を蔑むような目で見てくることが何度もあっ
      た。私は、他人の家に行ったときそこの家族とかと話すのが極端に苦手だった。だから、
      相手にどう思われて良いので、何一つ言葉を交わそうとしなかった。そんな人間は、人
      とまともにコミュニケーションを取れる人から見たら酷く気持ちの悪い物に見えるらし
      い。吉村の家に長い時間いると、下から彼の父親が吉村を呼ぶ声がして渋々と階下へ降
      りて行くと怒鳴り声が聞こえたりした。
      まともな社会生活を歩めなくなった子を持つ親は悲惨だと思ったけど、その原因の半分、
      もしくはそれ以上の原因を与えているのは自分自身だという場合が多いので、特に同情
      はしなかった。そんな子供を生み出した己の遺伝子を呪い、生殖へと至らせた己の性的
      欲求を呪い、最低な人生を最低な形で終わらせれば良かった。

      吉村の家まであともう少しという所で急に雨が強く降り出した。ぐちょぐちょと音を立
      てる靴が気持ち悪かった。辺りはずいぶんと暗くなり、街灯が雨粒を光らせながらぼん
      やりと道を照らしていた。ふと上を見上げると小さなコウモリが雨の中、何羽か不規則
      に飛び回っていた。もう夏はすぐそばにまで来ているようだった。
      私は中くらいの平屋の角を曲がり、吉村の家のある通りに出た。しとしとと降る雨のせ
      いで視界はぼやけていたが、吉村の家の前で人が立っているのが見えた。手に何か長い
      物を持っていて、その長身の男と思われる人間は、雨に打たれるままに立って俯いてい
      るように見えた。

      私は少し急いで歩き、そばまで行くとそれが吉村寿人であることが分かった。私と同じ
      ように全身に返り血を浴びていて、手に持っているのは血液で真赤に染まった金属バッ
      トだった。吉村は私に気付くと、やあ、みたいなことを言った。私はその格好を見て、
      俺と同じだな、と返した。吉村はいつものように自虐めいたほほ笑みを見せた。分かっ
      ていたけど、誰を殺った? と私が聞くと吉村は自分の家を指差して、あの家を建てた
      奴等、と言った。続いて、彦嗣お前は誰? と聞き返してきた。私は、安東、とだけ言
      った。吉村は少し笑うとそれ以上は何も尋ねなかった。
      私が何かを言おうとした瞬間に吉村が、これからどこへ行こうかな、と言った。私は先
      に言われてしまったと思った。私が答えに窮していると、吉村は金属バットをカランと
      音をさせて地面に落とした。そして、何も言わずに道を歩き出した。一度だけゆっくり
      と振り返り私を見ると、それからは雨の降る暗い道を進み、少しずつ姿を消していった。


22  投稿者:BECK  投稿日:2000/07/13(木)06時34分16秒  ■  ★ 

      消えてゆく彼の後姿は、何も見えないほどに濁った視界から、過去の絶望感をアナライ
      ズして甦らせた。私は良く分からなかった。どうやら、吉村のどぶ川人生はこれで幕を
      閉じたようだ。クレイジー野郎の末路はいつもこうだった。彼が遺体として発見される
      のには、土曜日曜の休日2日の時間を要した。死に様は満員電車とかに乗っているとよ
      く聞くアレ、人身事故だった。普通電車に飛び込んだ吉村は、粗挽き肉の腸詰め内包物
      となり四散して洗い流された。そのせいで土曜日の電車のダイヤが少しだけ乱れ、この
      街の住民たちに少しだけ迷惑をかけた。

      くたばるまでの2日間、吉村が何をしていたのかは知るよしも無いがもしかしたら、子
      孫を残していたのかもしれない。巷では徘徊するクソッタレのビッチを強姦するのが流
      行していたが、彼は熟練された臨床技術で陵辱を成し遂げられるような人間ではなかっ
      た。奴っこさんには売春婦を買い、何もせずに返すというサイコ野郎の一面も持ち合わ
      せているアーバンクレイジークソッタレのマザーファッカー野郎だった。死んだ人間に
      興味など沸かなかった。死相のイカした死にそうな人間の方が好きだった。私は死んだ
      ら神になれると思っている。

      その2日間に私は何をしていたかというと、雨に打たれ過ぎて目に大きな腫れ物ができ
      て苦しんでいた。ださい眼帯を付けたりして寝転がっていた。もう梅雨は明けたようで、
      日増しに太陽の光が強くなっているように感じる。私にとって最後の夏が来たような気
      がした。そろそろ、気温も高くなり腐敗も進行するだろう。酷い臭いを恐れて私はあの
      部屋のドアを開ける気がしなかった。もしそうすれば、私は気違いになるだろう。吉村
      や安東の二の舞は嫌だった。

      太陽が沈む時間はずいぶんと遅くなり、部屋でその過程を眺めたりして日が過ぎていっ
      た。私はこの土曜日曜の休日2日であっという間に冷房疾患になり、食べ物もろくにの
      どを通らなくなりだした。私は野菜が食べられない。肉ばかり食うので胃がすぐ痛くな
      る。それに、最近では物を食べるという行為を楽しいと思えなくなってしまった。誰か
      の言葉に感化された気分だ。
      ただそれは、過去形、過去進行形ばかりで意味不明なまま続く物語とは大きく矛盾して
      いた。形而下に拡がる形而上の絶望感が途切れる前に、私は渾身の力を振り絞って最後
      の外出をした。それはたったひとりの武装蜂起などではなく、厭世厭己厭他から来る死
      出の旅でもなく、意味無き最後のロング・ウォークとしてのそれである。

      大きな深呼吸とあくび。隣家のババアと犬が奇声を上げている。私はババアの背後に回
      り込み「うるせー。バック・オフ・ビッチは死ね」と言って思い切り蹴飛ばした。ババ
      アは頭から生け垣に突っ込んでショック死した。ババアの駄犬死にぶりを見て、ババア
      の犬は尻尾を丸めた。私は小動物を殺すほど落ちぶれてはいなかった。でも、犬は数十
      日後に死んだ。それはメシをやる奴が居なかったからだ。私はそれを随分経ってから知
      ることになる。

      それから、私は遠くへと歩き始めた。途中に郵便局に寄り、大量のはがきと封筒と切手
      を買ってポケットに突っ込んだ。さらに文房具店に入り、大量の便箋とシャーペンとそ
      の芯とボールペンを買った。それをまたポケットに突っ込んだ。次は自販機へと歩いて、
      コカ・コーラを買うと、それを一気に飲んだらダイレクトに気管支に入り込み思いっき
      り吐いた。しばらく猛烈な呼吸困難に苦しむと、それが良い気付けとなり目が覚め目が
      血走ってきた。精神状態が明らかに躁へとシフトチェンジするのが分かった。死んだロ
      ック・スターが降りて来たような気分になり足が軽い。

      街の通りには強姦されたロボット人形売りの女が倒れている。道に転がる手足のぶっ壊
      れた機械人形を踏み壊すと「バリバリバキ」と音がして、中身のバネとかスプリングが
      飛び出して跳ね回る。私は不意にそんな幻覚を見て高揚感を隠せずにいた。叫び声の中
      で胸を張って進むような気分が続く。最後のロング・ウォークは始まったばかりだった。



     @ルーザー その1 その3 西郡彦嗣 BECK vs 猫ニャー
     死シテ屍拾ウ者ナシ 偽不思議の国 七三一部隊 プライベート


Remix からの転載をまとめたものです。 特別リンク:Exprimenting out!


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