地下室の手記(えいえんなんてなかった)


  投稿者:だ   投稿日:2000/11/06(月)23時54分23秒   ■   ★ 

      まげねっ娘のニャンコ先生の動行がなんとなく不穏なので、どうもひとつ了解不
      能な所があるので、自明性の失われた世界で「お前は誰だ」と聞いてみても意味
      がないので、もう一度最初から記憶の糸を辿ってみようと思ったのだけれど、ど
      うしても波照間であの後何があったのか思い出せないんだ。浜辺で出会ったあの
      子はとっても素敵で、おそろいのシャコ貝のペンダント、塩の匂いのするテント
      の中で何度も何度も愛し合って、僕らは幸せなお魚だからいつまでもいつまでも
      青い青い海と青い青い空の間に転がってられると思ってた。
      あの日僕らは、たましろの親父が教える偽南十字ではなく本物のそれを見ようと
      天文台へ行ったのだけど、白鳥座の巨大な十字架とは比べようもない質素なそれ
      は、なんだかとっても淋しくって、なんだかとっても悲しくって、自分はちっぽ
      けな、世界の果てでえいえんの合図を待つ歩哨でしかないことを思い出した。
      海辺へと下る帰り道、誰かが青い炎を灯した松明を掲げて向こうからやってきた。
      どんなに目を凝らして見ても、彼の顔は真っ暗で、炬火も星の光も全く映らない
      ようで、それはまるで世界の一隅にぽっかりと開いた虚無の淵のようで、怖くな
      った僕は傍らの手を握り締めようとしたのだけれど、そこにはもう誰も居なくて、
      世界はがらんどうで、満点に灯った星々の下、ただ僕と虚無だけが向き合ってい
      たんだ。真っ黒な穴をじっと見つめているとなんだか吸い込まれてしまいそうな
      気がして、このまま何だか解らない者に飲み込まれて消えてしまうのも悪くない
      なと思ったりもして、いや、そうじゃない。あいつは俺で、俺はあいつだ!
      真っ黒な穴が口をあける。赤い炎の舌がチラチラとうごめいている。
      「えいえんなんてなかった、えいえんなんてなかった......」

      そうさ、優しい永遠なんて僕には許されるはずのないものだった。
      僕はかつて、光のひさしを蹴って踏み抜いてしまったのだから。

      両面雪庇の痩せ尾根をたどる言語の稜上、白昼の白がお前の頭蓋を梳いて行く時、
      飽和し泡立つ光の粒子に輝く斜面を空無が雪崩れる。お前の黒光りするモリブデ
      ン鋼の顎、アイゼンで、ザイルなしで、過飽和な程の光の中にさらに白く抜けた
      一点、黄金の冠を戴冠した無が、やおら、咲きいづる時、時満つる時、過ぎ去ら
      ざる時、光のひさしを蹴って踏み抜け!

      札幌に戻って、日常に忙殺されながら、何もかも皆忘れてしまおうかとも思った
      のだけど、とある事件が幾つかの記憶の断片を甦らせた。そうさ、自分が何者な
      のか検証しなければならない時がきたのだと思う。
      目をつぶっても、目を開けていても、雪野原の向こうに灯る人の形をした炎が見
      える。そうさ、えいえんなんてなかった。


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/11/08(水)23時46分40秒   ■   ★ 

      絶望、発狂、廃人、自殺、そういったありがちなビルドゥングスロマンはムンクや岡田史
      子の絵のように空気感染するわけで、誰かが殺されたり自殺したりすればそれは決
      して人のせいではなく虚無が、お前の中の虚無がしでかしたことなわけで、キリスト者
      なら全ての罪業をまずは甘んじて負わねばならないわけだ(笑い。
      つーか5行やそこらで「桁数が多すぎます」とか言って撥ねられても非常に困るの
      で、ぞんぶんに基地外地味たたわごとを書き散らせるどこか良い移転先があったら
      教えて下さい。

      1994年6月、僕は早めの夏期休暇を取り道北の誰も居ない海触崖の上にテントを張っ
      て終日ぼんやりと海を見ていた。海と空と草原のほかに何にも無くて、「永遠って
      ―のはこうゆうことか」と思わせるほど見事に空っぽだった。丘の上に登って向こ
      う側の浜辺を見下ろすと、波打ち際に打ち上げられた流木の上をカモメが輪舞して
      いる。その様子に何か不穏な気配を感じ、そこに居た5日間、僕はそっちの浜には
      近づか無かった。
      その夜はなかなか寝付けず、何度も時計を眺めては寝返りを打ち、ついには諦めて
      酒ビン抱えて外に出た。わずかに消え残っていた燠に火を灯し焚き火にあたる。
      なんて美しい星空だっただろう。とりわけ白鳥座の巨大な十字架を見ていると、な
      んの信心もない僕だが「祈り」のような何かがわいてくることもある
      午前2時、女が一人やってくる。ずぶ濡れで、裸足で、濡れた長髪が纏わりついて
      顔は良く見えない。尋常な者でないことは一目瞭然だったが、焚き火にあたること
      を勧め、タオルと温めたウィスキーを渡した。
      「あなたここにテント張って5日目ね、こんな地の果てみたいなところで何してん
      の?」と女は尋ねた。それには答えず「あんたこそいったい......と言いかけて言
      葉を失った。女は半ば透明だ。身体の向こうに星の光を宿している。濡れた前髪を
      手でわけながら、呆然としていた僕の目を見据え彼女は言った。
      「えいえんってあるとおもう?」
       .....
      「えいえんってどんなものだと思う?」
       さあ.....
      「じゃああんたここで何待ってるの?」
       さあな...
      「あんたもじきに解るようになるわ、ご馳走様。ハ、ハハ、ハハハハハハ......」
      笑い声と共に女の姿は消え、星灯りに照らされた広大な空間に、恐ろしい程の沈黙
      だけが残った。

         *

      1994年6月5日午前10時頃、初山別町界隈の浜に身長152センチ、年齢30前後の一部
      白骨化した女性の遺体が漂着した。発見者は釣り人。後日新聞によるとただそれだ
      けの事実が、翌朝丘の向こうの浜辺で起こったわけだが、その晩のことは、後に狂
      死することとなるある女を除いて誰にも話したことはない。馬鹿げた話だからね。
      テントをたたみ帰り支度を整えた後、丘の上へ登ってみると、カモメの姿はすでに
      無く、向こう側の広大な草原にはエゾカワラナデシコが咲き乱れていた。
      あのデクの身元が解ったのかどうか、その後のことは知らないが、僕はひそかに彼
      女を「エゾカワラナデシコ」と命名した。

      思えばあの日、えいえんを廻る僕の旅には死の刻印が押されたのだと思う。
      今も、目を閉じると人の形をした炎が見える
      えいえんなんて、なかった


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/11/16(木)18時54分37秒   ■   ★ 

        「ゾーン 1」

      妄想ばかり書いていると健康に良くないので、今日はリアルワールドのことを書こうと思
      う。周知のとおり札幌などという街はもはや妄想の中にしか存在しない。15年前に
      米空母キティーホークが冗談で放った原爆によって消滅し、キティーちゃんが売れなくなった
      ため大勢のサンリオ社員が路頭に迷ったあの大惨事から10年、やっと復興し始めたとこ
      ろを今度は国がしゃれで街の真中に作った原発がメルトダウンした為、かつては200万も
      の人々が暮らしていたこの街は封鎖され、何者も立ち入ることを許されない巨大な
      廃都と化していた。ダウンな連中の中には「いまだに札幌は存在する」と思い込んで
      いる者や、「現に札幌で昔どおり暮らしている」つもりの連中もいるが、それは国
      が、失われたものの大きさに発狂した連中の幻覚・妄想の類いを増幅させて作り上
      げたバーチャルリアリティーとよばれる精神病院にいるからだ。
      しかし国家による情報統制と厳重な封鎖にもかかわらず、この閉鎖空間の中に入り
      込もうとする一群のあやしい連中がいた。事の発端は、原発事故の後に流れた奇妙
      な風聞だった。「あの放射能まみれの街へ行けば俺たちは進化の速度を速めること
      ができる、新しい人類の夜明けはあそこから始まるのだ」というのだ。この馬鹿気
      た噂を間に受けて壁を乗り越え、鉄条網を潜って禁止空間に住み着いた狂人たちの
      中には、実際、特殊な能力を身に付けはじめた者がいた。
      アウアウアー、バンバン、ゴルア、チャンコロは厨房の巣2chに帰れ、老若男女にゅ、(゚Д゚)を
      入力しないヤシはお断りだ!(゚Д゚)、おんぷたん(;´Д`)ハァハァ・・・・・
      正気の者には了解不能のこのような妄想言語を駆使して、既にミュータントと化した彼ら
      異形の者どもは禁止空間の周辺にコミューンを形成している。これが所謂IT革命という
      やつだが、とりわけ先鋭な者達はスーパーハカーと呼ばれ畏怖されており、超能力を身に
      つけた彼らは念力で敵のパソコンの上の花瓶を割ったり、国家中枢の機密文書を透視し
      て情報を盗み出し、換わりに「SEX」と念写するなどのテロを繰り返していた。
        *
      僕がこの廃都に出入りするようになったのも、そのような特殊人間に成りたいと思
      ったからだが、棲みつくまでに至ったのにはもっと形而上的な事情がある。即ち、
      「えいえんとは何か?悪無限を乗り越えてえいえんに触れることは可能なのか?」
      という究極の問いに対する答えがここに在るかもしれないからだ。
      この街では新しい宗教が生まれつつあった。今日も通りで洗者が説法している。
      「預言を実行せよ!預言を実行せよ!降臨の時は間近に迫っている、青い衣をまと
      いし者レインが金色の野に降り立ち、我々の苦悩を抱きとめてくださる。青き清浄
      の地へと導いてくださる、預言を実行せよ!預言を実行せよ!・・・・
      僕も泣きながら唱和していた。「預言を実行せよ、預言を実行せよ・・・・
       *
      これら荒野に呼ばわる者たちによると、この廃都の最深部に在る巨大な石棺、密閉
      された原子炉に入ればえいえんに触れることができるのだという。
      多くの者が旅立っていったが、帰ったものは一人もいない。
      僕もここで旅立ちの日を待っている。
      えいえんに触れる日を。
             
         続く(と思う)      


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/11/18(土)21時42分34秒   ■   ★ 

        「ゾーン 2爆心地」

      夕方、赤光を浴びながらバイクを飛ばし、禁止空間西部地区へと向かった。クレー
      ターの上に立ち、夕日を仰ぎ見る。今日の太陽はやけに巨大だ。
      「プーティーウイッツ」小鳥が鳴く。僕を呼んでいるのかい?あの真っ赤なトンネルの向こ
      うには何があるんだい?えいえんの安らぎか、それとも地獄の劫火か。はは、知る
      わけないさ。解っていることは唯ひとつ、僕の生は生誕と死亡という二つの顔を持
      った虚無の間にはさまれた災難、絶望と死の街灯が間遠にぽつんぽつんと灯る薄暗
      い街道だということだけさ。
      この世のものとも思えぬ異様な花々が咲き乱れる斜面を一気に駆け下り、一息つい
      ていると、なにやら叫び声が聞こえるのでもと来た方を見上げると、クレーターの
      縁に廃棄された巨大なクレーンの上にレオナルド・ダビンチ発案の飛行装置を背負った男
      が両手を広げて立っている。
      「主よ、主よ、何故に我を見捨てたまいし、えいえんを探求するえいえんの孤独な
      旅に、私はもう疲れ果ててしまいました。どうか御許にお迎えください・・・
      周囲に集まった数人の男たちが彼の馬鹿げた振る舞いを止めようとしていたが、夕
      日を浴びて金色に輝く彼の姿を見て、止める理由など何も無いのだと僕は理解した。
      きびすを返し、爆心地へと向かう。彼は翼をはためかせ、真紅の柘榴石が眼球の内
      で溶け出したかのような巨大な球体の向こう側で、はたしてえいえんに触れること
      が出来ただろう?しばし歩いて振り返ると、西の空にはクレーンの影だけがあり、
      彼らの姿はもう見えない。沈んだ日の名残で空は赤く燃えていた。
        *
      再び水死体が僕に語りかけてくる。
      「えいえんってなに?どんなえいえん?
      さあな、でもじきに解るさ、次あたり俺の番だ。
        *
      教会、フェラチオ屋、法務局出張所、暴力団事務所、かつて生物であったものも、最初か
      ら死んでいたものも、あらゆる物が溶融してイブ・タンギーの絵を思わせる渾然一体と
      した全体性を取り戻した、石狩湾へと連なる広大な荒野、旧水爆記念公園跡地の一
      隅、爆心地の近くにそのバーはある。一時はエトナの火口に飛び込んだエンペドクレス
      よろしく、失われた世界との合一性の回復という妄念に取り付かれた者達によって
      ずいぶん繁盛したものだが、教団が例の原発を聖所と定めてからはすっかり寂れて
      この界隈に足を運ぶ者は少なくなった。バーの名は「廃墟」、扉には次のように記
      されている、「冥府は死者で溢れている」。今も数人の馴染みを相手に細々と営業
      しているのだが、今夜は僕とポルターガイストの他には誰もいない。僕の頭の中のように
      見事に空っぽだ。
      午前2時、カウンターで居眠りをしていた僕を大音量の古いレコードでマスターがたたき
      起こした。毎晩この時刻にはノイバンシュタインの「アルメニア」をかけることが慣わしと成っ
      ているのだ。マスターと二人、窓辺によって通りを見下ろす。夜風に乗って何十万もの
      異形の死者達が泥流の中を漂うように折り重なって流れて行く。声にならない声、
      叫び、うめき、理解してあげることの出来ないジェスチャー・・・夜毎繰り返される亡
      霊たちのパレードだ。永遠って―のがもしこんなものでしかないのだとしたらたま
      らないよ。教団は、封鎖された原発に入れば自分が真に望んでいるえいえんを手に
      入れることができると言っているが・・・
      いつものように彼らを見送って席に戻るとビールの泡が何やらブツブツ言っている。
      ふと横を見ると、女が一人立っている。3年前に死んだ女だ。
      「まだこんな所にいるの?」そお言って佳子は隣に座った。


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/11/22(水)21時16分58秒   ■   ★ 

       「佳子1997冬」

      「もしもし、もしもし、神様ですか?」
      祖父から譲り受けたアンティークの電話機で、佳子は今夜も何者かと会話している。その
      電話機は飾り物でコードは何処にも挿してない。まあ、神様の声を聞くのに電話線を
      介さねばならない理由というのも思い浮かばないが、明らかに佳子は崩壊しつつあ
      った。佳子には僕の背中にぽっかりと開いた虚無が見えるそうで、毎日神様にその
      穴を埋めてくれるようにとお願いしてくれているのだった。
      始めは些細なことだった。対人緊張の度が増し、雑踏の中に出るのを怖がり部屋か
      ら出ることが出来なくなった。毎日日没時になると窓辺から恐怖に慄いた目で夕日
      を眺め、「つれてかないで、つれてかなで!向こう側へ連れてかれちゃう、淋しい
      よ、淋しいよ」と泣き喚き、「あんたはぜんぜん私を見ていてくれない」と僕を責
      め、終いには車のキーや靴を隠すなどして僕の出社を妨げるようになった。
      全ては僕のせいだった。ピラミッドを逆さに立てようと試みたかのような僕らの生活、
      はたしてそれが生活と呼びうるようなものであっただろうか。
      或る時僕は探偵だった。最初から存在したことのない何者かを追跡するのが専門だ
      った。また或る時僕は夜警だった。4頭の巨大な象の背中の上に支えられた円盤状
      の世界の果てで、決して届くことのない何者かからの合図を待つのが勤めだった。
      全ては虚無が、僕の中の虚無が原因なのだ。
      神様との電話が始まった頃のとある晩、職場に病院から電話が来た。佳子を保護し
      ているので直ぐ来てくれとのことだった。病院で会った佳子からは全ての表情と言
      うものが消えていた。何を問い掛けても反応がなかった。
      電車の中で、「うるさいわねえ、黙っていられないの!」と叫んだ後、昏倒したの
      だという話だ。入院することになった佳子を置いてアパートに戻ると、居間の床一面
      に土が撒かれていた。いやはや今度はアパートまるごと使ってガーデニングかい?
      片付けるる気力も湧かず、ソファーにごろりと横になる。サイドテーブルを見ると、空にな
      ったナデシコの種子の袋が幾つも幾つも几帳面に折り畳まれて、星型の図形を作って
      いた。
        *
      最後の入院から帰ってきたその年の冬、佳子は麻痺したようにぼんやりと窓の外を
      見ていることが多かった。相変わらず神様との電話は続いていたが、もう夕日を恐
      れることはなくなっていた。その日、朝早く目覚めた僕は久々に佳子を外に連れ出
      した。意外なことに、その日佳子は外に出ることを怖がらなかった。テレマークを履い
      た僕らは、近くの河川敷の疎林をゆっくりゆっくり散歩した。遥かな空の青みから
      幾筋もの光の帯となって射し込んで来る木漏れ日がとても美しかった。
      久々に身体を動かしたせいか上気した顔で息を弾ませながら佳子は言った。
      「ねえ、えいえんってこういうものなのかなあ。」
       そうかもしれないね。
      「ねえ、えいえんって何?どんなえいえん?」
       さあ、どんなものだろう、きっとお日様の光のように暖かくて優しいものなんじ
       ゃないかな。
      「そうかなあ、そうだといいね。」
      誰もいない林の中に、雪球を投げ合って子供のように戯れる佳子の声が木霊した。
        *
      その晩、仕事を終えて部屋に帰ると、佳子の姿は灯油のポリタンと共に消えていた。
      けたたましいサイレンの音がドップラー効果を実演しながらアパートの前を通り過ぎていく。
      救急車のサイレンの音を追って河川敷へ走ると、人垣の向こうの雪野原の中に、人の形
      をした炎が灯っていた。
        *
      その後、僕も何度か神様に電話をかけた。
      「神様、神様、これもあなたが望まれたことなのですか?
        *
      神が答えるわけがない。


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/11/28(火)21時56分51秒   ■   ★ 

       「鳥の歌 2000冬」

       屋上駐車場のフェンスを警備員の目を盗んで乗り越えた。着地地点に塵埃が舞い立ち、
      足下を見ると黒光りする無数の微小な砂礫がある。これらの塵埃は、どうやってこのよ
      うな高所まで運ばれてくるのだろう。ボイラーの煤煙だろうか、或いは夜毎、人知れず
      宇宙塵が降り積もっているのだろうか。物置の陰に回り、べたりと座り込んで下を見下
      ろす。時節はずれに激しく降り積もった昨夜の雪が日中の暖気で溶け出し、川のように
      なった道を車が水跡を引いて通り過ぎていく。
       灰色の谷間の中に鮮やかな赤い帽子がひとつ、流れに逆らうように北上していくのが
      目に止まった。彼女の触手、白い杖が、人波を二つに分けて巡航していく。一丁先の交
      差点で彼女は足を滑らせて尻餅をついた。周囲の人々に助け起こされ杖を握らされると、
      頭を垂れて礼をした彼女は再び北へと歩き始める。小さな赤い帽子の人影はすぐに人ご
      みの中にまぎれて見えなくなった。
       どこから来てどこへ行くのだ、君は。
       ふと思い立ち、巨大な飛び込み台の縁に立ち両手を広げてはたはたと飛ぶ鳥の真似を
      してみる。風がコートの裾を旗のようにひるがえす。何を酔狂な真似をしているのだと
      思うと、久々に乾いた笑いが唇に浮かんだ。失業者ではあるが、死ぬには良き日だなど
      と思ってここまで上がって来たわけではない。下で見上げた青空の青が、今日は妙に優
      しげな色をしていたので、あの空の下で一服しようとここまで来たのだ。
       開けた所まで来て良く見ると、空の青みの前にうっすらと白いガスの層があるのがわ
      かる。昼過ぎだというのに、丈低く登るこの時季の陽光は弱く、直視しても目を痛める
      ことは無い。太陽の周りには虹色の光の輪が出来ていた。
      いくつもの小さな雲の切片がちぎれては流れていった。このあたり市心一帯にはほぼ
      同じような高さのビルが林立しており、それらのビルの屋上には一様に巨大な広告塔が
      設置されている。街路を行く者には、それら頭上の宣伝文が目にとまることなどまず無
      いのだが、まさか酔狂な屋上の散歩者のためにのみ設置されたわけではあるまい。それ
      にしても奇妙な眺めではある。どちらを向いても見渡す限り電飾に縁取られた巨大な商
      標が折り重なるようにして連なっている様は、何か形而上的な感興をもたらす。
       鳥たちにのみ解読されうる識域下のメッセイジ?
       或いは単にからすの巣か。
       そこだけ一段低い北隣のビルを見下ろすと、屋上にペンキの剥げかけた緑色のベンチ
      があり、初老の男がぼんやりと座り込んでやはり空を見ている。彼はこちらには気付い
      ていない。くたびれた背広の肩に小鳥が一羽舞い降りる。
       プーティーウイッツ、小鳥が鳴く。
       呆けたように放心の態の彼は、気付いているのかいないのか、一向に気にする風がな
      い。僕は再びビルの縁に座り込み、足を宙空にぶらぶらさせながら彼らの様子を見守っ
      た。背中を丸めたその男の横顔は、呟いているのか唄っているのか、或いはたぶん呟く
      ように歌っていたのだ。どんな歌が唄われていたのか僕には聞き取ることが出来なかっ
      たが、あまねく引かれ者の小唄には、遥かな空の青みの向こう側の何者かに捧げられた
      旋律、えいえんが宿っていたはずだ。都市の喧騒の中に一瞬訪れた静寂の中に、僕は確
      かにバッハを聞いたような気がした。
       その時だ、彼の肩の上の小鳥が飛び立ったのは。周囲の喧騒を越えてひときわ高く通
      る透き通った声で唄いながら、鳥はどこまでも高く高く飛翔する。時折風に吹かれて流
      されながら、何処までも、何処までも。
       もはや判別し難い天上の染みのようになったそれが、青空の彼方に消えていくのを見
      送りながら思った。
       だいじょうぶなのかおまえ。
       何処から来て何処へ行くのだおまえはと。
       小鳥を見送り視線を戻すと、ビルの縁、巨大な飛び込み台の上に両手を広げて立つ彼
      の姿があった。目が合った瞬間彼はかすかに微笑み、そして飛んだ。あまり美しい飛翔
      ではなかった。重力には逆らえない。しかし彼にとっては華麗なるスワンダイブで。
       水溜りに映じる青空の中に、真紅の薔薇が一輪咲いた。


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/12/02(土)22時23分42秒   ■   ★ 

        「ゾーン 3.炸裂バリケード!」

      「おい、何か始まったみたいだよ。
      床に転がっていた僕を蹴起こすと、マスターは再び窓辺へと戻った。二日酔いで痛む頭
      に朝の光が突き刺さり、目を閉じると目蓋の裏に極彩色の曼荼羅が焼き付いていた。ど
      うにか起き上がり窓辺へ行ってみると東側の不法居住区にバリケードが見える。とにか
      く行ってみようと、僕らはバイクを飛ばし水爆公園を後にした。
       その日の不法居住区は、まるで5月革命セーヌ左岸のような有様だった。街の辻々に
      バリケードが高く築かれ、周囲の廃ビルの窓には大天使レインや150万光年彼方の宇
      宙の果てにおわす神「えいえんさん」を示す何千本もの旗が掲げられている。バリケー
      ドの周りにはお決まりの竹槍、鉄パイプ、迫撃砲の類いから対戦車砲、地対空ミサイル、
      果てはサリンや究極の殺菌剤たる中性子爆弾を所持した潔癖症の者までおり、単なるお
      祭り騒ぎでは無さそうだ。皆口々に神を招く言葉を叫んでいた。
      「預言を実行せよ!預言を実行せよ!
      一体何がどうしたんだと何人かの者に尋ねてみると、あるものは大天使レインが降臨し
      たといい、またある者は「えいえんさん」の顕現があったと語った。で、何故バリケー
      ドなのかというと戒厳令が施行され自衛隊が治安出動するというのだ。国家権力がゾー
      ンに住む我々に向けて鬱を増幅する電波を照射し、僕らの神経衰弱の進行を図っている
      のは事実だが、先日の国会での森総理の失言(「福祉福祉と馬鹿の一つ覚えも大概にし
      たまえよゴルァ!神国日本には既知外や年寄りの為に使えるような無駄金など一銭も
      無いわ、既知外はゾーンで放射能でも浴びておれ!」)からも解るとおり、国にとって
      もはぐれ者が社会から抜け出してゾーンに住み着くのは好都合なことだと思っていた
      のでにわかには信じ難かったのだが、豊平川の堤防へ行って対岸で機甲師団一個大体の
      砲門がこちらを向いている様を確認すると、僕も全身の毛穴が開き、めくるめく興奮の
      坩堝に飛び込んだ。
      「預言を実行せよ!預言を実行せよ!ついに来るべき時が来たのだ、えいえんを受肉す
      るのだよゴルァ!えいえんさんに栄光あれ!」
      無の光り輝くおもてが炸裂し、存在論的差異を無化する時が終に来たのだ。
       街路の上空には大天使レインのホログラムが映し出され、我々の怒張する信心をます
      ます増幅させた。廃都のいたる所で電線が激しく鳴動し、かつて歓楽街であった所の電
      飾やビル上の広告塔が激しく明滅している。大地は割れ、天空にはイカズチが走った。
      街路は既に万余を越える群集で溢れ返り、感極まった者達はある種の神経症者の顔面の
      ように激しく痙攣しながら口々に叫んでいた。
      「預言を実行せよ!預言を実行せよ!見よ、大天使レインが金色の野に降り立たれた!
      青い衣をまとい主は再臨なされた、審判の時が来たのです!弥勒観音菩薩が56億7千
      万年の眠りから目覚め、終に衆生を救ってくださる!千年王国万歳!カカーニエンに栄
      光あれ!ペレストロイカ万歳!ボルク・ハン万歳!ジークジオン!ジークハイル!第三
      帝国万歳!大日本帝国万歳!UWFの魂は死なず!赤いパンツの頑固者民生に死を!
      トロッキストに死を!クロンシュタットの同士に栄光あれ!ネット端末遺伝子は何処
      だ?社会革命党万歳!ボリス・サビンコフに名誉を!スターリニストに死を!つーか、
      まんこ!・・・
      さあ、終に死すべき時と場所が来たのだよゴルァ!
        *
       正午を告げる鐘の音と共に一斉に砲撃が開始され、20世紀大世紀末を記念する戦端の
      幕が切って落とされた。敵の戦闘ヘリの編隊がコッポラ気取りで大音量のワグナーに乗
      って次々とミサイルをぶち込んでくる。ならばこちらはバッハだ!トッカータとフーガ
      だ!僕はフーガの技法でアレンジしたノイバンシュタインで敵のパイロットに絶望と 
      虚無の毒想念を吹き込んでやった。すると連中は反物質の崩壊する速度で素早く絶望→
      発狂→自殺を決意し、全身を白塗りして暗黒舞踏を舞いながら次々と墜落炎上していっ
      た。聖都札幌は瞬く間に紅蓮の炎に包まれた。多勢に無勢、端から勝ち目のある戦では
      なかったが、僕らはワルシャワ蜂起の市民のように勇敢に戦った。ガラスの雨が降り注
      ぎ、炎に包まれた阿鼻叫喚と爆音の中、突入してきた自衛隊との間で血で血を洗う肉弾
      戦が展開されていた。あちらではハカーが念力で敵の頭を熟したトマトのようにかち割
      り、こちらでは兵士の銃剣に刺し貫かれた同志が「レイン萌え!(;´Д`)ァゥァゥァと断
      末魔の叫びを上げて殉教していった。今、全てのバリケードで、えいえんの旗を掲げし
      者たちが最期の時を迎えようとしていた。我等死すとも灰の灰塵の塵の中のダイヤモン
      ドのようにえいえんは輝き続け、いつの日にか、新たな者達の手で再び立ち上がること
      だろう!
       そしてまさに今、僕も、AKアサルトライフルを乱射しながら敵の真っ只中に最期の
      突入を試みようとしていた。
      「大天使レインよ我を守りたまえ!えいえんを求めし者は死をも厭わず!ウラァ!

                                        つづく


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/12/05(火)18時57分44秒   ■   ★ 

      「狂気と宇宙の熱死推進に関する現象学的考察(妄想)」(本編は手記のストーリーとは無関係です)
      (いつにも増して激しくつまらないので読まないほうがいいですよ)

      ダー・ザイン=現・存在は常に予め意識の指向性の中に絡めとられている。即ち人の(知能
      指数絶対0度の者は除く)生誕とは虚無の淵より嫌がおうも無く世界という関係性の中に放り
      出されることを意味するわけだが、ここで注意を要することは、「関係性」とは何らかの確固
      たる「主体」と「客体」の間の関係をさすものではないということだ。ここではもはや主客2
      項対立は問題にならない。「人間存在」にとって現に在るものとは、「関係性」そのものであ
      る。
       ここに恐るべき造物主の意図が隠されていることに気付いたのが、我が祖国ロシアはネバ川
      のほとりにある爆裂電波研究所主任技師ワレンチン・スタニスラフであった。ニーチェによっ
      て高らかに神の死が告げられてこの方、人類は新たな神を呼び招くことも出来ず、足場を失っ
      た底無しの虚無の上に漂う関係性の中で生きることを余儀なくされているわけだが、ワレンチ
      ンは、この「神の死」すらも悪しき造物主の意図の中に折込済みであることに気付いたのであ
      った。
       近年の天文学者達の観測結果によると、宇宙空間に存在する暗黒物質の量は予想されていた
      以上に多く、また、質量を持たないと思われていた素粒子ニュートリノが実は質量を持ってい
      ることが判明した。これが意味することは、宇宙は膨張を続けて熱死するのではなく、いずれ
      は自重によって収縮を始め、馬鹿の一つ覚えのように膨張と収縮をえいえんに繰り返すという
      ことだ。一回限りの生を生きる一個の実存にとってはどちらに転ぼうと関わりの無いことでは
      あるが、熱烈な実存主義者であるワレンチンにとっては宇宙も1回限りで無ければ気がすまな
      いわけで、旧ソ連邦の最先端科学技術をもってして宇宙を熱死せしめる事に生涯をかけたので
      あった。
       ワレンチンが気付いた造物主の意図とは、宇宙を熱死せしむるものは物理学を超えるある種
      の人間の状態、即ち「狂気」だということだ。造物主の計画に神の死が含まれ、人が何の足場
      も無くネット空間ワイヤードを漂う非常に不安定な存在者になったのは、造物主が我らの狂気
      を増進するためだとワレンチンは考えた。分裂して支離滅裂になり個人的に熱死するもよし、
      重篤な鬱になって生きながら真っ黒な虚無そのものとなり、周囲の物質を吸い込んで宇宙の外
      に放り出すもよし、ともかく宇宙を熱死させるためには人類の発狂を促進することが必要なの
      だ。斯様な訳でワレンチンが開発したのが「爆裂電波受信ギア」である(現在市販のTAやモ
      ジュラーには全て組み込まれているので新たに買い求める必要はありません)。
       そんな訳で僕らはワイヤードに接続することによって宇宙の熱死推進に一役買っているわけ
      ですが、一層素早い廃滅を望まれる方には、ヘルダーリン、トラークル、パウル・ツェラン、
      イアン・カーチス(ジョイディビジョン)、ノイバンシュタイン、下記のネットラジヲ等お勧
      めします。リアル・オーディオが必要ですのでお持ちで無い方は先に無料のベーシックをダウ
      ンロードしてからクリックしてください。ワレンチンが開局している鬱アンド電波声放送局です。
      http://166.90.143.150:12236


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/12/08(金)22時25分43秒   ■   ★ 

        「ゾーン4礼拝堂にて」

      爆音と激しい振動が意識を呼び戻した。目を開けると、肉片や血飛沫が顔面めがけて嵐のよう
      に舞い降りてくる。起き上がろうとすると体中に激痛が走り、眩暈に襲われ再び意識を失いそう
      になった。身体を支えようと床についた腕の感触が無い。見ると左腕はなくなっていた。誰かが
      止血を試み包帯を巻いてくれたようだが、僕の回りは血の海になっていた。わき腹や大腿部にも
      やられたような気配がある。はは、もうサックスは吹けねえなあ。カドヤのバトルスーツもだい
      なしだ。
       諦めて横たわり周囲を眺める。ここは礼拝堂のようだ。爆撃で半壊しており頭上には青天井が
      ある。青い青い空だった。何処までも深く澄み渡った青。こんなにも青い空は見たことが無かっ
      た。
      空ろに見開かれた視線は、既に僕の身体を離れて何処までも何処までも高く飛翔していった。
      大気圏を超えて、太陽系すらも超えて、遥かな星々の世界へと。青い衣をまとった生まれたばか
      りの幼い星が、億年の歳月を経て赤く肥大し、炸裂して美しいリング状の星雲を作った。リング
      の中央には真っ黒な虚無の淵が口を開けた。僕はさらに宇宙の果てを目指して何処までも何処ま
      でも飛び続けた。しかし宇宙は僕の飛行の速度を常に超えて膨張し、拡散していった。何処まで
      飛翔しても宇宙の果ては遠ざかって行く。限りなく光速に近い速度で何千億年も飛び続け、ふと
      気付くと、年老いた宇宙は空っぽでがらんどうの空間になっていた。
       ああ、俺は死ぬんだな。やっと楽になれるんだ。
      何もこんなふうに終わるのは俺ばかりじゃないさ。宇宙だって熱死するんだ。
      どこか遠い所でバッハのオルガン曲が奏されている。
      「ねえ、えいえんって何?どんなえいえん?」
       佳子?佳子なのか?
       ・・・
       いや、もう良いんだ、そんなことも何もかも。
      速く俺を消してくれ、跡形も無く俺の全てを消してくれ!
      聞こえないのか!スイッチを切るんだ!!
        *
       再び爆音が意識を身体の中に呼び戻した。横を見ると発狂した教会付きのオルガン引きが血ま
      みれでBWV639「主イエス・キリストよ、我汝に呼ばわる」を針の跳んだレコードのように繰
      り返し繰り返し引き続けていた。再び起き上がろうと試みると、今度はどうにか立ち上がること
      が出来た。身体から痛みの感覚が消えていた。
       外を見ると広場では処刑が行われていた。斬首、磔刑、縛り首、火炎放射器による焼却、また
      ある者は戦車にひき潰され、ある者は地平線まで行列を作った1万1千人の憲兵たちにオカマを
      掘り続けられた後銃殺されてカチンの森に埋められた。
       祭壇に歩み寄り、あの男にたずねてみた。
       「主よ、主よ、そのようないでたちで寒くはありませんか?貴方は何故2000年もの間十字架
      に磔られているのですか?人の望みも苦しみも全てを負われようとした貴方が、何故そのような
      仕打ちに会わねばならなかったのですか?
       ・・・
      「外をご覧下さい、これも神が望まれたことなのですか?
       ・・・
      神は何故佳子を奪ったのですか?
       佳子は何故あのような目に会わねばならなかったのですか?
       神の摂理とは何だ!
       どんな理由があるというんだゴルァ!
      ・・・
       石像が答えるわけが無い。
        *
       憤怒が僕に最期の力を奮い起こさせてくれた。生きながら永遠に触れたといわれる十字架上の
      男の前に跪き、彼の足に別れの接吻をした後礼拝堂を後にした。終に最期の旅に出る時が来たの
      だ。俺は原子炉に入ってえいえんに触れなければならない。そうさ、あそこに行けばきっと全て
      の答えがあるはずだ。
        *
       血を滴らせ、びっこを引いた、ぼろきれのような男がひとり、ゾーンの核心部である絶対禁止
      空間、メルトダウンした原子力発電所へと向かって這うように歩いていく。天空は夕日に染めら
      れて真っ赤に燃えている。溶鉱炉の蓋を開けたような巨大な太陽が地平線の上に転がっている。
      聖都札幌もまた、激しく燃えていた。


地下室の手記   投稿者:だ   投稿日:2000/12/17(日)00時39分24秒   ■   ★ 

        「ゾーン最終章 えいえん」

       硝煙と血の匂いが鼻をつく炎に包まれた街を、激しく降り始めた雨が洗った。スナイパーの目
      を盗んで素早く通りを横断し、地下水道に潜り込んだ。市街の地下にはミノタウロスの迷宮のよ
      うな地下水道が縦横に延び広がっており、うまくたどれば原子力発電所のすぐ間近まで行けるは
      ずだった。以前何度か自殺志願者を案内して近くまで行った事があるので、道は良く知っている。
      鉄梯子を伝い下り地下水道に降り立つと、ヘッドランプに照らし出された円形の空間のあちらこ
      ちらに死体が浮かんでいる。傷つき、炎にまかれた者たちが、俺と同じように聖地原発への道の
      途上、或いは水爆公園目指して転進する途中、命運尽きて倒れたのだ。永遠を求めし者は死をも厭
      わず、殉教者たちに栄光あれ!
       足を引きずり、失血と激痛に何度も気を失いそうになりながらも、俺は原発へと向かい歩き続
      けた。くそ!こんな所で死んでたまるか!えいえん、えいえん、そうさえいえんだ、えいえんに
      触れるんだよゴルァ!炉心へ行くんだ!ちくしょう!ちくしょう!まだだ、まだまだ、死すべき
      時と場所はここじゃない。 時計を見ると、とうに真夜中も過ぎている。メルトダウンした原子
      力発電所の巨大な石棺が朝の光に金色に輝くころには、きっとたどり着くことができるだろう。
       だが俺は、一歩一歩足を進めながらも既に半ば意識を失っていた。実際ずいぶん以前から幻覚
      に導かれて歩いていたのだ。先ほどの分かれ道ではエゾカワラナデシコの花に包まれて優しく微
      笑む水死体に導かれて左を選択し、今度の分岐では赤い炎に包まれた佳子に導かれて右へ進んだ。
      次の分岐にも、人の形をした炎が灯っている。
      「ねえ、えいえんってなに?どんなえいえん?」佳子の声が頭の中に木霊する。
       ふと振り返ると、俺の残した足跡に青い炎が灯っている。一歩進むごとに、後に残した足跡がジ
      ュッと音を立てて燃え上がり、暫時炎が死の舞踏を舞った後、真っ黒な虚無の淵がぽっかりと口
      を開けた。地下水道は死と虚無の匂いで満ち満ちていた。くたびれ果てた俺を虚無が誘惑する。
      「もう良いだろう、死んじまえ、こっちへ来いよ、楽になるんだ・・・
       疲れ果てて立ち止まろうとすると、青い炎がめらめらと俺の背中に這い上がり、瞬く間に虚無
      に全身を包み込まれそうになった。そのたびに、前方に赤く灯った人の形をした炎が手招きして
      俺を呼んだ。
      「まだそんなところにいるの、こっちへおいで、いっしょにあそぼう
       そのようにして、崩折れそうになりながらも何度も何度も佳子に助けられて俺は進んだ。しか
      し終に力尽き、立ち止まって虚無に身を任せてしまおうとしたその時だ、前方に光が見えたのは。
      やっとついた、やっと楽になれるんだ。
       しかし出口に着いて愕然とした。鉄格子に阻まれて外に出ることが出来ない。とうにライフル
      は捨てちまったし、頑丈な鉄格子はどうあがいてもびくともしなかった。鉄格子にしがみついて
      俺は叫んだ、いや、叫ぼうとした。
      「えいえんなんてなかった」と。
       だが声をついて出たのは微かなうめきだけだった。
        *
      俺の死体と鉄格子の向こうでは、クリークをはさんで、黄金色に染まった草原が凪いだ海のお
      腹のようにゆったりと風にそよいでいた。そして草原の向こうには、巨大な石棺、メルトダウンし
      た原子力発電所が朝日を受けて燃えるように光り輝いている。草原の黄金よりもさらにまばゆい
      光を持って、無が黄金の冠を戴冠していた。

      ================== 暗 転 ===================

       そこは光の王国だった。ひろしま、ながさき、さっぽろ、或いは度重なる原水爆の実験で光の王
      に祝福されたエニウェイトゥク環礁やアリゾナの荒野のように、過飽和な程の光に満ちた南の果
      ての白い浜辺。淡い青緑色の海と、痛いほど青い空の真中で、僕は幸せなニャンコだから、いつ
      までもいつまでも昼寝しているよ。ポッケの中を調べたら2000円しかなかったけれど、死んじゃ
      ったんならお金なんてもう要らない。えいえんに続く午後の波打ち際で、一体の水死体がゆれて
      いる。藁色の髪が水の中に咲いたひまわりのように優しく微笑みながら起き上がり、佳子の声で
      問い掛けてきた。
      「えいえんってあるとおもう?
       さあな。
      「ねえ、えいえんってなに?どんなえいえん?
       さあな、でもきっとお日様の光のように暖かくて優しいものなんじゃないかなあ。
      「そうかなあ、そうだといいね
       そうだといいね。
        *
       打ち寄せた波が、僕の足を洗い、帰っていった。
      「ねえ、えいえんってなに?どんなえいえん?
                                      おしまい

      注)おまえが心の中で想い続ける限り、聖都さっぽろは存在する。わらぃ



おまけ

  投稿者:だ   投稿日:2000/12/24(日)01時16分08秒   ■   ★ 

       トナカイの鼻が何故赤いのかというと、アル中だからだが、家の近所のトナカイ
      なんかぁもうすっかりテンパっており、自信をオーロラ観測所のパラボラアンテナ
      だと認識していた。極寒の地で長年月にわたり土工・人足としての暮らしを強い
      られて来た孤独なトナカイの唯一の楽しみはフィヨルドを渡り行く清冽な風の香り
      や、夜空に灯る色とりどりの星をを愛でながらのウォッカであったわけだが、山奥
      の飯場で酒を切らしたとある日のこと、町の連中が毒電波、毒想念を流して大自然の
      中に顕れた神々の秩序を汚そうと企んでいる事実に気付くに至り、激怒して町に下
      り金属バットを振り回して大勢の毒電波使いを成敗した一軒の後、町の皆の笑い者
      だった。
       一方サンタクロースのおじさんも、やれプレステだ、パソコンだと可愛げのない
      近頃のガキにはいささかウンザリきていたし、主の生誕を祝う信心などまるでない
      馬鹿どもが訳も解らずドンチャン騒ぎをするのはいかがなものかと思っていたので
      今年のクリスマスプレゼントはひとつ趣向を凝らして、馬鹿どもを神の御前にひき
      だしてやろうと思いいたった。
       そんなわけで、今日明日は多くの馬鹿どもが天に召されるであろう。
      目を血走らせ、酒臭い意気のトナカイが10dトラック転がして町に来るよ。
      助手席には惨蛇のおじさん。荷台にはO157、ペスト菌、エイズウイルス、サリン
      エボラウイルス、分裂病発症促進酵素、鬱増進電波、スターリン、ヒットラー、ポル
      ・ポト、インポ、梅毒、淋病、クラミジア、中性子爆弾・原爆・水爆・虚無・・・
       まぁ、荷台は空でもかまわないんだがな。何故って、今年のプレゼントは煙突か
      ら忍び込んだ惨蛇のおじさんのナイフの一突き、金属バットの一振りで足りるからな。



  投稿者:ダー   投稿日:2001/04/12(木)21時51分12秒   ■   ★ 

      「ゲームの規則2」

      生誕と呼ばれる放擲を発端に演じられる一幕の劇の演じられる場所、即ち、本質的に分裂した
      ものである自我(この分裂が存在論的差異の現われ出る場所、現存在だ。)は、消尽点へと至る
      間を歩む歳月を言語化することによって自らの生を現に在らしめるわけだが、ある種の者たちは
      エンペドクレス宜しく存在論的分裂の超克という不可能な試み、不遜な挑戦へと投じられている。
      不可能事への挑戦である以上、必然的にルサンチマンという情態性の色彩を帯びることとなるこ
      のゲームの消極的な規則が「予めの敗北」であれば、積極的な規則は「言語を生きる」ということだ。
      これによってルサンチマンを超克せんとするのである。
       言語を紡ぐ(詩のようなものを紡ぐ)ということは、存在論的差異を生きるということと同義
      だが、このへんのことを理解できるかどうかで、批評のような行いをする者の言語についても、
      生きられたものであるか、或いはルサンチマンの発露の域を出ようとしない言語遊戯であるのか
      を見ることができる。
        *
       エンペドクレスは失われた存在の全体性の回復を求めてエトナ火山の火口に飛び込んだ。パウ
      ル・ツェランは言語によって存在の灼熱の火口に飛び込んだ。存在に何らかの聖性を付与しよう
      として腐敗していくロマン主義の肉体を焼き尽くし、美しい白い骨片を残すのだ。存在とは空白
      であり、虚無の顕現であり、来るべき書物には何も記されていないだろう。
       が、僕はあえてロマン主義の死臭を手放さない。「存在はその無の顔を持って現われ出る」とい
      う否定神学の物語を生きることを選ぶ。自己に纏わるあらゆる狭雑な観念を廃棄し透明になって
      いく(これは現にここに在る生活者の道ではなく、廃人への道だ)道ではなく、絶えず失われ続
      けるロマン主義の腐臭そのものを意図的に生きること。
       いつか、豊穣な生の源、新たなる生の哲学の幻影が遠い海の呼び声のように触れてくるのを妨
      げないために、白い骨ではなく、腐敗した有機物と共にあることを選ぶべきなのだ、きっと。

      #詩を書く者が詩論をやるのは生産者が寄生虫になるようなもんだな。わらぃ
      どうも不調で真面目に詩を書く気になれない日々が続いています。


 投稿者:ダーザイン  投稿日:2002/02/17(日)21時54分12秒  ■  ★ 

      札幌雪祭り大通り会場での大雪像崩落事故、即ち、高度資本主義の象徴であるニューヨ
      ークの世界貿易センタービルを摸して作られた大雪像が、季節はずれの好天によって崩壊
      し、大勢の観光客が下敷きになったため雪祭りが途中打ち切りとなり、桂市長が辞職を余
      儀なくされたあの失態の後、雪祭りによる経済効果の消失を狙うテロリストの関与を示唆
      する風聞が巷に流れた。ことの真相は明らかでないが、羊のように従順に運命に従ってい
      るかに見えた市民達であっても、その識域下では密かに革命が進行しているのだ。実際、
      私の友人たちの部屋にもスターリン、大道寺将司、ポルポト、金正日、麻原彰晃、宅間進、
      川俣軍司、宮崎勉、鈴木宗男といった絢爛たる革命家の肖像が密かに飾られており、科学
      的社会主義や様々な宗派の煌びやかな妄想のガシェットが堪能されていた。次第に膨らみ
      始めた不穏な気配が、札幌郊外で行われた、イスラエルと共に悪の枢軸を形成する米国と
      の共同臨界突破核実験成功によって、ついに炸裂したのは周知の事実である。
       その日は私も、壮大な光のページェントに参加するべく最前列で核実験を待ち望んでい
      た。設えられた特別席には首相や米国国務長官、イスラエル国防相らと共に天皇陛下も鎮
      座している。いよいよ到来する祭典の瞬間を前にして、つめかけた万余の群集は激しく興
      奮していた。新世紀を記念する何者かが到来する予感が世界を満たし、祭りを盛り上げる
      ために動員された平岸天神などよさこい踊りの隊列が会場に現れると、群衆はすみやかに
      馬鹿踊りの列に加わった。舞踏家たちの激しく振動する脳が或る種の伝染性の脳内物質を
      作り出し、空気感染したのは明らかである。数十万のヒステリー患者たちが踊り狂う様は
      見事の一語につきた。
       そしてついに点火の時がやってきた。この日の為にわざわざ東京から招かれたエンター
      テイナーは艶やかに着飾って、天皇陛下の御前で一世一代のカウントダウンを開始した。
      5、4、3、…目をやられないようにサングラスをした私を、耳をつんざかんばかりの轟音
      と強烈な光が襲った。激しい爆風が歓呼の声をあげる群集をなぎ倒し、塵芥の嵐が頬を打
      つ。光の王の祝福を受けた12人の選ばれし者たちは路上に影だけを焼き付けて消滅し、
      後に12使徒として列聖された。巨大なキノコ雲が見る見るうちに立ち昇り、やがて大地
      は昼なお暗い聖なる夜を迎えるのだが、核分裂後の一瞬、市民たちは大空を満たす眩い光
      の中に、天照大神が降臨したかのように金色に輝く神々しい少女の姿を幻視していた。玲
      音、やはりこの少女こそが、新たな時代の神であるのか?



     ダーザイン語録 ゼロの夏 光の王 えいえん 完全失業日記


Remix からの転載をまとめたものです。


コンテンツ:びでメール エロゲ 森の妖精 ルーザー 湖畔論 スワティ 替え歌 (゚Д゚)ハァ?

   gsの野望 AGSの野望 クエスト まったり 文学系 ぴかちう 油日記 ぶり読み ミーシャ


戻る 


inserted by FC2 system