ダーザイン・ウオッチング(その6)


ウタダ君へ→ その、いちィッ   投稿者:Y   投稿日:2001/08/14(火)21時50分47秒   ■   ★ 

      元気にやっているかな?
      ママのズロースの中は相変わらず居心地がいいみたいだな。
      うらやましいな。

      さて、君の成長についてだったな。
      ずいぶん待たせてしまった。
      8月6日の君の返答を読んで私はこう思った。
         ずいぶん「馬鹿」という言葉が多いな
      私は人から「頭が良い」と言われることはあまりない。
      そのかわり、「頭が良すぎる」と言われてきた。
      もう少し馬鹿になろうとしているのだが、未だ果たせずにいる。
      まあ、それはいいとしてだな、私にとって興味は、
         なぜ君が「馬鹿」という語を多用するのか?
      ということだった。君に言わせると
         馬鹿を馬鹿にする
      という文体上の必然ということらしい。
      しかし、私には、どうしても、君の幼児性を感じてしまうのだった。
      筒井康隆風の、君の文体論(または芸術論?)にも、だ。
      つまり、大したものではない、ということだな。
      それでだ、一つの実験をしてみることにした。
      君に暗示を与えることにしたのだ。
      8月8日の書き込みで私は、
         私は、むやみに罵倒の言葉を振りましているかな?
         …中略…
         君は幼い。
      と書いた。これは明示された部分だが、君はそこから暗示されているものを
      読み取ることができた。次の(  )内の語句を。
         私は、むやみに罵倒の言葉を振りましているかな?
        (いやしてない)
         …中略…
         君は幼い。(罵倒しているからだ)
      君が書いた8月9日の、私に対する返答をもう一度読んで見たまえ。
      見事に、「馬鹿」という語が消えているではないか。
      これを指して私は成長と呼んだわけだ。
      子供が大人のマネをしようとすること、それが大人への第一歩だ。
      私を含む大多数がそうしてきたのだから、何も恥じることはないぞ。
      少し成長のキッカケが遅かっただけじゃないか!

      でだな、ここで
         そんなことは山羊でも分かる。自らあえてそうしただけだ。
      という意見も出てきそうだな。どうだ?
      そう。それこそ、私が、やろうとしたことなのだ。
      自ら悟る。つまり、
         自ら意味を見出すこと
      が人間のあり様なのだ。
      だから、私としては、あくまでも、君自身が自らの主体性に基づいて
      そのような表現を選択してもらいたかったのだ。
      ところで、教育の方法としては、
      単なる命令よりも、問いかけが効果的だということになりはしないか?

      文学ではどうかな?
        いづれの御時にか、
      で始まる文は、読み手を意味生成という極めて主体的なレベルに
      置かせるという点で、読み手の意識を虚構の中で生きさせる意義があるはずだ。

      以上、その1、了。
      ここまで読んでみて、自分でも惚れ惚れしてきた。


>Y   投稿者:    投稿日:2001/08/14(火)22時23分23秒   ■   ★   ◆ 

      馬鹿にただ「おまえは馬鹿だ」と言いつづけるのは意味がありません。
      先生のように、同じことをただ繰り返すのは「馬鹿のひとつ覚え」と言います。
      というか、「馬鹿」という語が使われていないと、馬鹿にされていることを気付くこ
      とが出来ないのでしょうか。
      先生は相変わらず成長していませんね、38にもなるとおいそれと自分を変えるのは無
      理だとは思いますが、こんな惨めなマネをするくらいなら、もう出てこないほうがま
      しなのではないでしょうか。


ウタダ君へ→その煮ッ   投稿者:Y   投稿日:2001/08/14(火)22時50分00秒   ■   ★ 

      さて、先のその1で、君も(あるいは私と君だけが)、
      人間と意味生成についての深い関係を実感したわけだ。
      一応、そういうことにしておくぞ、けちけちするな。

      でだ、問題は、この意味というものだ。
      分かりやすくするために、人間の精神活動を、概念で代表させてみる。
      (本来は、「概念でも」とするべきだな)
      つまり、辞書に載っている語の意味を、意識の活動の現われとしてみるのだ。
      するとどういう問題が起きる?
        意味は、単独では成立しない
      ということは分かるな? 例えば、
        ここには何もない
      という文を考えてみよ。
      「ない」に焦点をあてるのだ。
      「ない」だけでは、「ない」の意味が成立しないことになる。
      はっきり言えば、「ある」という語が文脈に無ければ、これは非文だ。
      つまり、何の意味もない文になる。
        (あるべきものが)ここには何もない
        (どこにでも見るべきものが普通はあるはずだが)ここには何もない
         etc
      で、これはどういうことを意味する?
      鋭いやつはもう気づいたかもしれんが、
         概念の複数同時成立
      ということになる。これは、先の前提から
         意識の相補性
      を示していることになる。
      それを保持しながら、物質にその根拠を求めるとどうなる?
      これは量子論に詳しい奴には自明だな。粒子の相補性とかな。
      ここを指して私はかつて、
        (認識論からの)存在論へ。
      とふざけたことがある。あの、問いの中だ。

      ところで、相互性が不可避な認識や意識、概念といったものを
      実現している人間にとって、何が一番避けるべきことかな?
         単調さ
      だ。少なくとも、対なるものの輻輳から意味を生成する人間にとっては
      機能不全に陥る。単一なものからは意味を生成できず、からまわりするだけだ。
      そこで笑いの形式を考えてみよ。
      あるいは、なぜ笑いが人間にとって必要なのかを。
      多くは、矛盾している形式を取っているはずだ。
      子供が大人のマネをすることは笑いを起こすが、
      子供が子供のマネをしても面白くも何とも無い。
      これが、君の文体(と文学論?)を、私が
        つまらん
      としている理由だ。
      強がりたい者は、大概において幼児性を残している。
      男児の玩具を見よ。
      「レイパー」という名を見よ。etc
      一方、表現の単調さ、例えば、「馬鹿」なども幼児にはよく見られる。
      幼児が幼児のマネをしていて、何が面白い?

      なお、私は無を概念として実在しているとは考えていない。
      意識の表出としか認めていないのは、読んだとおりだ。
      つまりだ、無が絶対的であるというダーザイン氏の意見には
      賛成していないのだよ。
      無は有を伴って初めて意味が現われるという考えから(その逆も真だ)も、
      私は無だけを特別視しない。

      最後は、君の読解力をフォローするためのサービスだ。
      何か、他に聞きたいことあるかな?
      ここまで書いてな、
        普通の奴には分けわからん
      という批判が某氏から来たが、
        俺はもう逝ったほうがいいのか?


>    投稿者:Y   投稿日:2001/08/14(火)23時20分38秒   ■   ★   ◆ 

      > 残念ながらその例ではそうならないと思うが。
      > まして物質、というか物理法則に根拠を以下では求めているが

      > 残念ながら俺に類似性は見出せない。
      > 別の例を挙げてくれ。
      > またはよく分かるように詳しく説明して欲しい。

      君なあ、人に物を頼む場合は、
      Pleaseをつけなさい。
      それからな、私は無が好みではない。
      名前もそっ!
      私が名前をつけてやろう。
      本来名前とは自分以外から与えられるものだからな。
      と思ったが、
      私の側におはす尊師から早くも命名がなされたようだ。
      君の名前は
          クズ
      に決まったようだ。
      これでいいか?
      私としては、
          路傍の一砂
      とかもっと、優雅な名前をもたせてやりたかったのだが、
      でも、クズでもいいか。私も、人からそう呼ばれるのは
      とても好きだぞ。


>Y   投稿者:    投稿日:2001/08/14(火)23時24分07秒   ■   ★   ◆ 

      > 強がりたい者は、大概において幼児性を残している。
      > 男児の玩具を見よ。
      > 「レイパー」という名を見よ。etc

      彼が強がっているからどうだというのだ?

      それに相手の上位に立っているかのように語ることは
      非常に強がった態度だろう。
      直接的な対話では自分がまともに話せないから
      そうしていると見なさざるを得ない。
      仮に成長を促したいのなら、こうして人が大勢見ている場所で
      語る以上、同じ目線の高さで語るがいいだろう。
      さもないと単なる強がりと言われるだけだ。まさに幼児性の発露。

      > 一方、表現の単調さ、例えば、「馬鹿」なども幼児にはよく見られる。

      罵倒はある程度様式が決まっているから意味を持つのではないのか?
      相手にそれが伝わらないような未知の形式で罵倒しても
      罵倒として機能するまい。
      仮にもう少し高度な罵倒を相手に求めるのであれば
      その幼児性丸出しの文体および、内容をなんとかするべきだろう。
      意味や概念を語っているようだが、全く体をなしていない。
      多少似非翻訳調から離れることが出来たようだが。
      まともな罵倒が通用する相手ではないと考えても無理はあるまい。

      > 幼児が幼児のマネをしていて、何が面白い?

      仮にレイパーが幼児であるとして
      それを面白いと感じる人間がいれば構わないだろう

      また、幼児が幼児の真似をすることが面白くないかどうかは
      全くわからない。情況に依存するとしか言えない。
      十分にあり得る設定であると思う。

      仮にYの笑いについての考察が正しいとして
      レイパーを面白いと感じるものがいた場合
      幼児が幼児的な行動を取っていることにはならないことになる。

      いずれにせよ、頭のよすぎる人間の
      笑いに関する考察としては余りに幼児的だな。


>    投稿者:Y   投稿日:2001/08/14(火)23時34分42秒   ■   ★   ◆ 

      > 彼が強がっているからどうだというのだ?
      > それに相手の上位に立っているかのように語ることは
      > 非常に強がった態度だろう。

      少しサービスがすぎるかもしれんが、
      お盆特別興行だ。

      君ね、全然分かってない。
      もう一度読んでみなさい。
      私にも、分かりやすさの限界があるんだよ。

      それから、先にも書いたように、
      固定ハンドルを使わなければ、私にも
      楽しみが無いので、原則として答えないことにしている。
      例えば、成長を見守るとかな。

      ところで、1つ問題だ。お盆問題。
      私が偉そうにしているのは、なぜだ?
      一方、幼児が強がろうとするのは、なぜだ?


>クズ   投稿者:Y   投稿日:2001/08/14(火)23時47分51秒   ■   ★   ◆ 

      > では、愚昧なる私めに

      > ここで粒子の相補性はどんな意味で使われているのでしょう?
      > また、概念の複数同時成立と意識の相補性の例えも
      > もう少し詳しく解説していただけませんでしょうか?
      > あの短い説明では多くのクズどもに理解できないと思われます。
      > 当然、私もわかりません。
      > また、Y先生のいう事はダーザイン師も分からないと仰せです。
      > 幼児であるレイパーに理解できる筈もありません。
      > これは深遠な内容を短い文章で語るY先生の傾向によるものと思われます。
      > 多少長くなっても構いませんので、宜しければもっと詳しくお願いいたします。

      お盆第2弾。
      君は、名前が付いてそんなにうれしいのか?
      しかし、他の誰よりも面白いとの評判だ。ここでは。
      ところで、私は今、ザーメン臭い家で飲んでいる。
      近所のよしみでな。
      でだ、残念ながら、時間はさほど残ってない。
      しかし、君のPleaseつきの依頼には応えたい。
      どうすればいいだろう。
      まず、辞書を引いてみたまえ。
      またな。


  投稿者:宇多田レイパー   投稿日:2001/08/15(水)18時06分19秒   ■   ★ 

       知的ぶろうとして量子論なんて言っちゃったけど説明できなくて
      赤っ恥をかいてしまうくらいなら、最初からポエムでも書いてれば
      いいのにねえ。笑い。


  投稿者:東大生   投稿日:2001/08/15(水)21時18分08秒   ■   ★ 

      量子論的ってのは「現実は確率的にしか定まらない」という意味で、そこに
      モノや概念があるかどうかは主体が観測するまでわからない、っていう意味
      なんですが、この論法を文系の人が援用するとソーカル論文みたいなことに
      なるので、あまり推奨しないです。つーか誤解を招く。

      「概念の複数同時成立」っていうとコンテクストもコードも何にもなくなって
      それこそキチガイの妄想をそのまま垂れ流すのが素晴らしいとかいう、20
      年前のロッカーみたいなことになりかねないですが、いかに量子力学的で
      あっても例えば確率密度関数とか波動関数みたいなコンテクストはあるんで、
      そのあたりは勘違いしてもらいたくないな、というのが実際量子力学で研究
      やっている者の本音です。

      あと、ここ数年文系の学生さんは情報工学系のメタファーを使いたがるきらい
      があって、例えば情報量はエントロピーでありエントロピー最大はノイズである
      とか言い出す変な人がいるわけですが、ノイズから情報量なんて引き出せません
      がな。「単調」対「複雑」みたいなそれこそ単純な議論だと、ノイズがスゴイ
      とかいう結論に落とし込まれそうですが、周期的な単調信号には情報が乗らない
      し、かといってホワイトノイズからは何も出てこない、というジレンマの中で
      最適解を探しているってのが、泥臭い情報工学の実体なんでね。

      理系タームを使うのであれば、「複雑系」についてであれば「収束」と「発散」
      の間に「ランダム」がまず見出され、次にそれらが何の法則もないランダム
      ではなく「カオス」あるいは「フラクタル」であることが発見され、そして
      要素還元論以上のふるまいを系が見せることが分かってきた、という歴史くらい
      知っておいてください。氏の書き込みは単にランダムを神聖化しているだけです。

      しかし「相補性」って何のことだろう。
      「実体」の不確定性のことだとすると話が変だし。
      もしかして「反粒子」のことですか? それはむしろ素粒子論ですが。
      ちなみに反粒子には3種類あります。物理的性質が逆、時間を逆行する、
      鏡像である、の3つです。それぞれについて逆があるので、正確には
      7種類の反粒子があります。専門外なのでもう詳しいことは忘れましたが。
      T変換とかP変換とか、宇宙のパリティとかいう話を昔『鏡の国のアリス』
      (広瀬正)って本で読みました。

      とりあえず『宇宙消失』と『ホワイト・ライト』あたりをお薦めしてみます。笑い。
      『科学の終焉』は難しすぎて私には理解できませんでした。

      あと、専門外のことに口出しして申し訳ないですが、
      「意味は、単独では成立しない」ってのは相対主義の泥沼にはまって、
      ヒキコモリ論法の相互不干渉に陥る可能性が高いですよ。それこそ「没意味の
      荒野」みたいな。
      これってちょっと敷衍すれば「テクストはコンテクストの上でしか意味をもたない」
      とか「おれとお前は使っているコンテクストが違うのだから、理解できないのは
      あたりまえ」という何も言っていないに等しいクレームになるわけですが、
      「じゃあそもそもそれを主張するお前はどのコンテクストにいるんだ?」と
      詰問されて終わりです。


>東大生   投稿者:    投稿日:2001/08/15(水)23時23分06秒   ■   ★   ◆ 

      大先生は相対主義を克服する現存在としての強固な意思を当然自覚しているのです
      からその心配は無用な上にこの場合非常に鋭角な言語分析を私たちに教授されてい
      るのですらからその忠告はいささか的外れではないかと思えるのですがしかし惜し
      むらくは言語におけるコンテクストの誤解つまるはないという単語があるという単
      語認識によって成立しているという彼の言う意味の相補性とやらが現代物理を援用
      しておきながら言語の複雑系を理解しないランダムにすらならない単なる相対主義
      を前提とした2500年ほど前の分析にしかなっていないということだと思います。笑い


  投稿者:東大生   投稿日:2001/08/16(木)08時38分07秒   ■   ★ 

      閉鎖された箱の中に、一人の現存在(名前が不定なのでそう呼ぶしかない)
      とパソコン端末があったとする。
      現存在は50%の確率で酩酊しており、酩酊しているときはダーザイン(仮)
      のハンドルで、酩酊していないときはY(仮)のハンドルでリミクスに書き込む。
      箱の外部からはリミクスの書き込みしか観測することはできない。

      さて、ここでそのIPからの空白の書き込みがあったとする。
      この空白は酩酊したダーザインなのか、しらふのYなのか、それを知ることは
      できるだろうか。

      いや、できない。現実とは確率的にしか定まらないからだ。
      その書き込みは50%の確率でダーザインであり、50%の確率でYである。
      これが量子力学的な不確定性というものだ。

      それでは我々は空白に対して何もできないのだろうか。
      いや、そうではない。十分な量の離散的サンプルは連続的実体となる。
      彼がダーザインであろうとYであろうと、そこに生じる確率的事象に対し
      我々は〈より妥当なる〉判断を下すことができる。粒子のたどった経路は
      不明であっても、干渉縞は作られるのだ。

      これが量子力学的な考え方というものだ。
      リミクスの住人はきわめて量子力学的である。


>    投稿者:    投稿日:2001/08/17(金)00時26分14秒   ■   ★   ◆ 

      > 現存在といった場合存在の中心たる一者として自己が存在するので認識する主体を放棄して
      > 他者からみて確率的に存在するという命題そのものが無意味になるな。

      ザーメン先生が使う場合「現存在」は

      >現存在といった場合存在の中心たる一者として自己が存在する

      に適合しない無意味な言いかえであることは常々指摘される通り。
      ザーメン先生の用法に従った場合にはさほど問題のない命題ではないだろうか?
      一般的な用法によらず、先生の用例を参照して書かれた
      非常に優しみに満ちた投稿であると言える。


  投稿者:    投稿日:2001/08/17(金)18時17分57秒   ■   ★ 

                Λ Λ
             ヽ(;`Д´)ノこの屑ぢもがとっとと死ねや


  投稿者:    投稿日:2001/08/17(金)18時18分12秒   ■   ★ 

                    Λ Λ
                   ヽ(;`Д´)ノプフィ
                     (      )      
                     ノω ヽ


>クズ   投稿者:Y   投稿日:2001/08/17(金)23時14分27秒   ■   ★   ◆ 

      クズよ、いるか?
      ほったらかしにしていて悪かったな。
      「クズ」は、偉大なる首領様に頂いた名前だ。大切に使うようにな。

      さて、相補性の意味が分からん、ということだったが、
      それに対して私は、「辞書を引け」と言った。
      君は「相補性」という語を引いたようだが、
      なかなかおもしろいことをするじゃないか。
      私としては、辞書に見られる、
          概念どうしの相互補完性
      に君が気付くことに期待していたのだが、まあ、それは良い。
      「東大生」も言っていたな、
          「相補性」って何のことだろう
      この者は、私が8月14日に書いたものから、すっぽり、気持ちいいくらい
          文脈(=コンテキスト)
      というキーを抜かしている。だから分からんのだよ。
      それとも、コンテキストの日本語が分からんかっただけなのか?
      クズよ、君にも分かる例で言えばな、
      赤色だけの世界を考えてみたまえ。その世界に住む者は、
          赤という概念は持てない
      だろう。なぜなら、区別する必要がないからだ。
      逆に、赤以外の色もあるならば、その時初めて赤という概念が生じる。
      これは、概念が「生まれる」時について述べたものだが、
      概念を「使用する」時についても考えてみたまえ。
          ここには飲むものがない
      と言う時、どういう文脈で言うか?
      例えば、
          飲み物がほしかったのに(=ここに飲み物が「あって」ほしい)
      という文脈が必要だ。
      単に、「飲み物がない」という文は意味が無い(=非文)。
      ところで、東大生君の言う「相対主義」は、全く意味をなさない。
      「コンテキストがちがっている」と指摘することができるには何が必要だ?

      以上を前回は、「ない」と「ある」の相補性と言ったのだがな。
      図と地のゲシュタルトについて知っているなら、それで考えてみるのも良し。
      音楽なら、一つの音は他の音と組み合わされて初めて「意味」が出て来る。
      (これらが、概念ではないものだ。これも君の質問だったな。)
      ところで、このような相補的認識を機械で実現するには、えらい大変なことだ。
      現状では、原理的に不可能だ、という意見もある。
      図と地を、同時にしかも相互に規定する作用は、意識では簡単だがな。
      そこで色々考えるわけだ。「素材の問題」とかな。
      君は唯物論者か?
      もしそうならば、意識の機能(=相補性)を損なうことなく、
      物質にその根拠を求めてみよ。相似形を作りつつ還元していくわけだ。
      ここにおいても、東大生君の指摘は的外れなものだった。
      つまり、物質そのものの相補性について、論評すべきだった。
      例えば、「正しくは二重性と言えない」とかな。
      どうせなら、無から有が生じる理屈についても語りを入れなくては。
      発想こそ理系の命だ。発想(=仮説)あってこその検証だ。

      ところで、クズよ、君はウタダ君と似ていて、Y=ダーザインとしているが、
      私はどちらでも良いぞ。でだな、物は相談だが、
           ウタダ君にダーザイン氏が答えるべき質問
      とやらを教えてくれないか? 私がイタコになって答えてやろう。
      Y=ダーザインなら、それでいいじゃないか。


  投稿者:東大生   投稿日:2001/08/18(土)10時04分49秒   ■   ★ 

      オフラインで書いているのでレスボタン使わなくてスマソ。

      >Y

      テクストはコンテクストなしには意味を持たないんですか?
      それならあなたの詩における単語は、全部識別記号にすぎ
      ないんですか。実験してみましょうか。
      ----
           放棄されたモヤリを
           一体の透き通ったモヤリと
           連れ添って歩く

           モヤリに覆われはじめた
           モヤリのそこそこに
           立ち上るモヤリの陥没痕
           ほつれたモヤリの縫い跡から
           モヤリが放たれる
      ----
           モ ヤ リ が 触 れ て く る 
      ----

      > 「東大生」も言っていたな、
      >     「相補性」って何のことだろう
      > この者は、私が8月14日に書いたものから、すっぽり、気持ちいいくらい
      >     文脈(=コンテキスト)
      > というキーを抜かしている。だから分からんのだよ。

      まさかあなたから「コンテクストを認識せよ」などと言われるとは
      思いませんでしたよ。だから私は、
      ----
      あと、専門外のことに口出しして申し訳ないですが、
      「意味は、単独では成立しない」ってのは相対主義の泥沼にはまって、
      ヒキコモリ論法の相互不干渉に陥る可能性が高いですよ。それこそ「没意味の
      荒野」みたいな。
      これってちょっと敷衍すれば「テクストはコンテクストの上でしか意味をもたない」
      とか「おれとお前は使っているコンテクストが違うのだから、理解できないのは
      あたりまえ」という何も言っていないに等しいクレームになるわけですが、
      「じゃあそもそもそれを主張するお前はどのコンテクストにいるんだ?」と
      詰問されて終わりです。
      ----
      と、書いたのに。

      ここはテクストの闘技場たるぁゃιぃですよ。コンテクストの論拠もコンテクスト
      にしかない以上は、どれだけ強度のあるテクストを発信できるか、それが価値なん
      じゃないんですか。そして詩人というのは、コンテクスト抜きの超越論的な
      テクスト、それ自体として意味をなすテクストを目標とするものではないのですか。

      あなたがエリートビジネスマンだとか私が東大生だとか、そんなことは実際は
      何の問題でもないのです。そのコンテクストは確かめようがないので。いかにして
      書き込みそれ自体に意味を内包させるかってことでしょう。それは識別記号なので、
      私は今後別に空白になってもいいし、あなたに付けられたハンドルネームを
      使ってもいいです。

      しかし、あなた自身が「コンテクストを認識せよ」というのであれば、私は
      当然問わねばなりません。「あなたとダーザインとの間の関係性は何なのか」
      と、その関係こそまさに「相補的」なのかもしれませんが。笑い。そして
      それが明示されないのであれば、「高い確率において同一人物であろう」
      という「コンテクスト」の上でテクストを受け取るしかないでしょう。

      > ところで、東大生君の言う「相対主義」は、全く意味をなさない。
      > 「コンテキストがちがっている」と指摘することができるには何が必要だ?

      そりゃコンテクストが必要ですよ。笑い。
      「コンテクストを保証するコンテクスト」を保証するコンテクスト」を保証
      するコンテクスト」を保証するコンテクスト」を保証……
      の無限後退があって、だからこそ「相対主義は泥沼だ」と私は言うわけです。

      その、意味が解体され混交しわけのわからないものになっていく感覚、この
      おぞましさは無の深淵へと通底しているのかもしれないですが、まともな
      感覚の人であればそれを覗き込んだとたんに目を背けて逃げ帰ってくるのが
      普通です。もちろん私も。

      > 君は唯物論者か?
      > もしそうならば、意識の機能(=相補性)を損なうことなく、
      > 物質にその根拠を求めてみよ。相似形を作りつつ還元していくわけだ。
      > ここにおいても、東大生君の指摘は的外れなものだった。
      > つまり、物質そのものの相補性について、論評すべきだった。
      > 例えば、「正しくは二重性と言えない」とかな。

      あの、もしかしてそれは、脳細胞のシナプスやニューロンや電気パルス
      に二項対立の構造性を見出すとか、そういう話ですか?
      「物質によって意識が作られている」というのはとても哲学者の言葉
      とは思えませんが。最小コストによる最大快楽が物質による精神支配
      の悪夢でしかないことが証明されつつある現代において、いかにして
      それに抗い、精神・意識の上位性を導き出すか、それが問題なのでは?

      > どうせなら、無から有が生じる理屈についても語りを入れなくては。
      > 発想こそ理系の命だ。発想(=仮説)あってこその検証だ。

      んなもの分かるか。考えるだけ無駄です。
      論理的にあろうとすれば無限後退か自己言及か自己矛盾か、そのあたりに
      帰着するし、感性的にあろうとすれば「語りえないもの」に行き着いてしまう。
      まあ、理系ゆえにかえって「語りえないもの」の論理を超えた何かには
      感動を覚えますが、それは理屈じゃないです。


  投稿者:    投稿日:2001/08/20(月)20時38分09秒   ■   ★ 

                 Λ Λ
              ヽ(;`Д´)ノプフィ
                (      )      
                 ノω ヽ


>東大生   投稿者:Y   投稿日:2001/08/21(火)23時08分14秒   ■   ★   ◆ 

      > テクストはコンテクストなしには意味を持たないんですか?

      > まさかあなたから「コンテクストを認識せよ」などと言われるとは
      > 思いませんでしたよ。だから私は、
       ----
        これってちょっと敷衍すれば「テクストはコンテクストの上でしか意味をもたな 
        い」
        とか「おれとお前は使っているコンテクストが違うのだから、理解できないのは
        あたりまえ」という何も言っていないに等しいクレームになる
       ----
      > と、書いたのに。

      あのなあ。私も疲れてくるぞ。それでもいいのか?
         テクストはコンテクスト(=文脈)の上でしか意味を持たない
      のは当然でしょ? それを認められないのはなぜだ?
      以下の英文を訳してごらんなさい。
         The boy saw a dactor.
      意味は一意に決まらんだろ?少なくとも、 boy={少年給仕} 
      saw={見かけた会った診察を受けた} doctor={医者博士}
      という語義で考えるなら、2×3×2=12通りの意味の可能性があるよな。
      一意に決めるには何が必要だ?
         この文に関連して現れる(た)、他の文によって作られる意味の集積
        (=文脈)
      によってしか決まらんのだよ。例えば、
         Talkin' about medicinethere's some problems.
      とかあれば、かなり意味は限定されてくるな。 
      つまりだ、私は、認識の初歩の初歩、言い換えれば、常識を書いたのだが、
      どこでどう間違えたら君のように考えられるのかなあ。
      Y=ダーザインとするしかない者の限界なのか?
      君に贈る言葉。
         柔軟性
      君に欠けているものはそれだ。
      だから、「相対主義の泥沼」とか言い出す。
      人間はもっと柔軟にテクスト(とコンテクスト)を処理しているし、
      だからこそ、意思の疎通が可能なんだがな。

      ところで、コンテキスト(=文脈)は、先に挙げた例文自身「も」関与してくる。
      つまり、お互いがお互いを規定し合うということになるわけだが、
      これを称して、認識の相補性と言ったわけだ。
      そして、これが機械では今のところ実現できないということもな。
      君の柔軟性の欠如は、まさに
         機械的な思考
      によるのじゃないのか?

      > 「物質によって意識が作られている」というのはとても哲学者の言葉
      > とは思えませんが。

      ホッブスやマルクスはどうなる? 哲学の伝統の一つじゃないのか?

      > いかにして、精神・意識の上位性を導き出すか、それが問題なのでは?

      ここまで読んで君の考えがよく分かった。
      そんなものを想定して哲学はやらんのじゃないか?
      そうしたいのなら、神学のほうが向いているぞ。
      哲学はもっとオープンなものではないの?
      ちなみに、AI(まさに理系だが)関連の本をめくってみよ。
      そこには、哲学(者)がばんばん引用されているぞ。
      哲学入門書より、よほど分かりよくね。

      > んなもの分かるか。考えるだけ無駄です。「語りないもの」に(。)   

      これは、無と有についてのことだが、
      ここでも君の硬直した思考が現れている。
      科学上の発見がなされる前の態度に酷似しているな。
      例えば、ニュートン的空間を疑うことができなかった者のように。
      君には「理系」は無理かもしれん。
      文系を勧める。神学だ。


ウタダ君とそのダミー君へ   投稿者:Y   投稿日:2001/08/21(火)23時13分54秒   ■   ★ 

      ところでだ、Y=ダーザインでも何でもいいから、
         ダーザインが答えるべき質問
      て、何なんだ?
      返答が来ないな。
      それとも、たいして重要な問題じゃないのか?例えば、
         単なる言いがかり
      とか。得意の
         ママのスカート
      かな?私もいいかげん飽きてきたぞ。


>Y   投稿者:    投稿日:2001/08/21(火)23時47分52秒   ■   ★   ◆ 

      やっぱり都合のいいことにしか反論できないんだよなあ。
      東大生はあんたのコンテクスト弱さを指摘しているのに、いまさらコンテクス
      トの説明をすることに何の意味があるんだ?
      量子論はどうなったのよ?
      唯物論については無理矢理話をすりかえてるぞ。
      挑発的な文体で、かろうじてプライドを保っているだけだな。
      ちゃんと議論をするつもりがないのなら出てくるなよ。
      頭の悪さが露呈するだけなんだからさ。


>Y   投稿者:東大生   投稿日:2001/08/22(水)18時32分43秒   ■   ★ 

      あの、柔軟な思考というのはもしかして、
      「相手の出方によって自分の立場とコンテクストを恣意的に変化させ、
      常に言葉の上だけでは相手に勝ち続けようとする」
      態度のことですか?
      それなら私はそんな柔軟性は不要ですが。

      あなたの誤読が面白いので、無知な振りをしてきましたけど、いいかげん
      本気出しますよ。ワラ(^^; ってのは冗談ですが。

      「言葉が差異のコンテクストによって成り立っている」なんてのは
      いまさらあなたに教えられるようなことでもソシュールやら一般言語学
      やらを引用するまもなく、小学生でも知っていることですが。少なくとも
      谷川俊太郎の「いちねんせい」とかいう詩集を読んだときには、すでに
      私は気付いていましたが。

      あなたのメタファーって説明力がないですね。文学的な文章力はあるの
      かもしれないですけど(詩は結構面白いと思いますよ)。
      あなたの解説があまりにもどかしいので、解題めいたことを書いてしまうのなら、

      量子(例えばフォトンなど)の相補性とは、「波動と粒子の相補性」のこと
      である。波動とは現象であり、粒子とは実体である。量子の示す性質は波動だけ
      でも粒子だけでも説明しきることはできない。実体を持った粒子としてフォトンを
      数えることもできるが、一方ではフォトンは波動として干渉という現象を起こす。
         ・・・・・・・・・
      これはメタファーとしては、「既にある言語コンテクスト」と「いま語られつつ
      ある言語」との関係と相似に見ることができる。「既にある言語コンテクスト」
      は「ラング」と呼ばれ、「いま語られつつある言語」は「パロール」と呼ばれる。
      「ラング」は実体を持つが、「パロール」は実体を持たない現象である。
      (↑このあたりはちょっと記憶があやふやなので、文系の方は突っ込みよろしく)

      ってことでしょ。あなたが言いたかったのって。
      でも、それを隠し持っていながら(単に説明できなかっただけかもしれないけど)、
      「単調性に対する批判」や「概念の複数同時成立」へとすり替えようとする
      あなたの誠実さの欠如が腹立たしいわけです。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
      もしあなたの隠し持っている文脈に従うのならば、「概念の複数同時成立」ではなく
      「概念の読み換え/書き換え可能性」と言うべきでしょう。観測したときには
      量子は粒子に収束するんだから。
      「ラング」=「コンテクスト」=「粒子」=「実体」
      「パロール」=「テクスト」=「波動」=「現象」
      というメタファーで言うのならば、「コンテクストなくしてテクストは存在しない」
      と主張する以上、そのコンテクストをちゃんと説明してくれと思うわけです。
      既存コンテクストを逆に、相補的に「読み換え/書き換え」得るだけのテクストで。
      > つまり、お互いがお互いを規定し合うということになるわけだが、
      > これを称して、認識の相補性と言ったわけだ。
      ってあなたも言っているじゃないですか。
      それができないのであれば、テクストそれ自体に強度を込めなくてはいけない。

      だから私は、
      ----
      「じゃあそもそもそれを主張するお前はどのコンテクストにいるんだ?」と
      詰問されて終わりです。
      ----
      と、書いたのに。
      この部分をあなたは引用から外しましたが、その意図は何ですかね。悪意のある
      質問で申し訳ないですが。

      > ホッブスやマルクスはどうなる? 哲学の伝統の一つじゃないのか?

      で、あなたという現存在はそれを肯定するんですか。あるいは、他人にそれを
      「肯定させる」んですか? 肯定させたらまたそこに揚げ足取り的リプライを
      付けることは目に見えているのに。
      私は「ホッブスやマルクスが間違っていることを証明できないが、でも認めたく
      はない」というところですが。

      > 例えば、ニュートン的空間を疑うことができなかった者のように。
      > 君には「理系」は無理かもしれん。

      あの、私事で恐縮ですが、私は工学部ですよ。
      工学部にそんな「世界の根本的成り立ち」みたいな思索は強制されません。
      ま、考えるのは好きだけど。
      とりあえずいろんなパラダイムに身を任せてみる、ってのが工学的態度で、
      ひとまずは「一番説明のつきやすいのを採用する」わけです。例えば
      量子力学の相補性のように。それが「そもそも何なのか」というのは
      常に考えなくてはならない問題ですが、結論を急ぎすぎるのはあまりに
      危険です。

      > 東大生はあんたのコンテクスト弱さを指摘しているのに、いまさらコンテクス
      > トの説明をすることに何の意味があるんだ?

      いや、コンテクスト自体の優劣はあまり言いたくないんですよ。
      「『相補性』は理系タームだから理系の意味で使え」とか言ったら
      まさに権威主義じゃないですか。このハンドルで「権威主義」とか
      レッテルを貼られるのはとても嫌ですがな。

      コンテクストの優劣を言ったら、彼は必ず相対主義を以て反論して
      くるでしょう。「概念の複数同時成立」ですか。笑い。そうなったら
      それこそ「相対主義の泥沼」で議論自体が吹き飛んでしまう。それが
      向こうの狙いであることはとてもよく分かるけれど。


>東大生   投稿者:Y   投稿日:2001/08/23(木)23時29分49秒   ■   ★   ◆ 

      > あなたの誤読が面白いので、無知な振りをしてきましたけど、いいかげん
      > 本気出しますよ。ワラ(^^; ってのは冗談ですが。

      それ以上本気出さなくてもいい。気持ちは十分伝わっているぞ。

      > 「言葉が差異のコンテクストによって成り立っている」なんてのは
      > いまさらあなたに教えられるようなことでもソシュールやら一般言語学
      > やらを引用するまもなく、小学生でも知っていることですが。少なくとも
      > 谷川俊太郎の「いちねんせい」とかいう詩集を読んだときには、すでに
      > 私は気付いていましたが。

      それで、どうなんだ?
      私が君に英文を示したのは、
        「意味はコンテキストなしには発生しない」
      ことを説明するためだったが、君は賛成なのか?反対なのか?
      それをはっきりさせないと、議論は無理だ。

      > あなたのメタファーって説明力がないですね。文学的な文章力はあるの
      > かもしれないですけど(詩は結構面白いと思いますよ)。

      だからな、これは前回も君は、Y=ダーザインとしているが、
      どういう計算のもとに「高確率でY=ダーザイン」なんだ?
      単に、他の人間がそう言っているからだけじゃないのか?
      私、もううんざり。
      計算式を示してくれないか。後生だから。統計的確率でもなんでもいいから。
      それとも、単にもっともらしくする為に言っただけなのか?
      Y=ダーザインというフレームでしか読めないから、
      相対主義とか真理の問題になるんじゃないのか?
      それならば分からないでもないが。
      私が言っているのは、
         意味がどう作られるか
      ということで、
         意味していることの(=文の内容の)正しさ
      ではないんだよ。
      そうでなければAI論など出さんだろうが。
      正しさを保証するものはコンテクストではなく、それは別の問題だ。
      君が言う説明可能性とか、なんとかでも良い。
      それについては、私なりの意見はあるが、コンテクストの問題とは違うだろが。
      つまり君が「誤読」しているのだよ。

      そういった理由で、前回はその種の指摘は割愛したのだよ。
      君のY=ダーザイン高確率、について触れなかった理由も同じだ。

      >(唯物論について)
      > 「肯定させる」んですか? 肯定させたらまたそこに揚げ足取り的リプライを
      > 付けることは目に見えているのに。

      君の妄想だ。「そうでない」視点に立って再読してみよ。
      時間だ。


>Y   投稿者:東大生   投稿日:2001/08/24(金)12時26分59秒   ■   ★ 

      あんた、言っていることが無茶苦茶だよ。

      >     「相補性」って何のことだろう
      > この者は、私が8月14日に書いたものから、すっぽり、気持ちいいくらい
      >     文脈(=コンテキスト)
      > というキーを抜かしている。だから分からんのだよ。
      投稿日:2001/08/17(金)23時14分27秒

      > 正しさを保証するものはコンテクストではなく、それは別の問題だ。
      > 君が言う説明可能性とか、なんとかでも良い。
      > それについては、私なりの意見はあるが、コンテクストの問題とは違うだろが。
      > つまり君が「誤読」しているのだよ。
      投稿日:2001/08/23(木)23時29分49秒

      ここまで矛盾したことをぬけぬけと書けるあんたの不誠実さには呆れるね。
      それともここにはメタ・コンテクストがあって、その下では「概念の複数
      同時成立」が可能だとか言うんですか。

      もう、書くべきことは全部書いた。これ以上あんたに言うことはない。
      「勝ち逃げ」とか「負け惜しみ」とか「権威主義」とかレッテル貼りは
      いくらでもやってくれて構わない。こっちも知識を傘に言い過ぎた。
      これじゃイジメだ。この板の趣旨にも反する。

      どうしても続きを見たい観客がいたら、別トピックでも作って下さい。
      「Y VS 東大生」でも。
      ネタにしても酷いな。私も、あんたも。


  投稿者:    投稿日:2001/08/24(金)00時23分11秒   ■   ★ 

      蟹は甲羅に似せて穴を掘る

      己の概念を一般常識とするな
      一歩退いて外界を眺めよ
      一歩踏み出して己を眺めよ


  投稿者:    投稿日:2001/08/24(金)12時51分03秒   ■   ★ 

      わけのわからない事を書く→矛盾を指摘される→話をすりかえてレス
      →また矛盾を指摘される→以降くり返し

      わざと読みにくい文章を書いてココを読む人間全てをからかってプクス
      してるんだろう。意図的に論点をずらし、マジレスした相手をイラつかせ
      る煽りテクは勉強になるなあ。

      とか書いたら「屑が何をわかったような事を・・・」という内容の文章
      が付きそうで嫌かもしれない。


>    投稿者:    投稿日:2001/08/25(土)02時07分05秒   ■   ★   ◆ 

      > > Y以外に、Yが議論をすりかえてないと思ってる人居る?
      > 当人はもしかして、本気で「すり替えてない」と思ってるのかもしれない、
      > と思ってる俺ならここに(;´Д`)

      Y自身が意識的にすりかえているにしろ、都合の悪いことだけはきれいさっぱり
      忘れてしまえる便利な頭の持ち主であるにしろ、これ以上Y本人にすりかえを指
      摘しても無駄だと思うから、他の人の意見を聞いてみたかったんだけど・・・

      まあ、Yが本気で「すりかえてない」と思い込んでるのなら、Yは3歩歩くとそ
      れ以前のことは忘れてしまうニワトリ並の奴なんだろうな。



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     その8 その9 その10 その11 その12 その13 その14 その15
     その16 語録集 その1 その2 その3 その4 その5 その6


Remix からの転載をまとめたものです。


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